43 / 95
支社長室に神が舞い降りました
巫女舞
しおりを挟む「お、深月が舞うぞ」
と休憩時間が終わった途端、おじさんたちが言い出した。
陽太は顔を上げて、舞台を見る。
今日は衣装をつけて舞ってみるらしく、祭り用の巫女装束を着た深月が扇を手に立っていた。
深月は、いつも背筋がすっとしているが、こんなときはまた特別姿勢よく感じられる。
ゆっくりと舞い始めると、普段の落ち着きのない深月とは別人のような雰囲気を醸し出す。
うーん。
こういう姿を見せられると、確かに、手を出してすみません、とみんなの前で土下座したくなるな、と陽太は思っていた。
だが、この舞は本来は小さな女の子が舞うものだ。
子どもなら清らかであれても、いい年した大人の女には無理だろうよ、と思う。
ふと気づけば、横でぼんやり杵崎も深月を見ている。
今日、連れてくるのではなかったな……と陽太は後悔していた。
普段の深月はおそらく、英孝の好みではない。
だが、今の深月は、こいつの好みにドンピシャリなのでは……と横目に杵崎を窺いながら、陽太は不安になる。
たいしたミスもなく舞い終わった深月が静かに下がっていった。
少しずつ、拍手が起こる。
杵崎が軽く手を叩いたあとで、溜息をつき、言ってきた。
「お前、よく一宮に手を出そうと思ったな」
「……あいつ、普段から、あんなじゃねえだろ」
と陽太が小さな声で言い訳をしたそのとき。
脇に下がった深月は、なにをしたのやら。
「深月ーっ」
と舞台袖で怒鳴られていた。
莫迦が……と思いながらも、いつもと変わらぬ深月の、
「ひーっ。
すみませんーっ」
というマヌケ声にホッとする。
「お疲れー。
深月、今日はもう上がっていいぞ。
見学の人も居るし、陽太ももう疲れただろうから。
衣装片付けたら、お前ら帰れ」
と舞台から下りると、則雄が言ってきた。
「あ、はい。
ありがとうございますっ。
お疲れ様でしたっ」
と深月が頭を下げたとき、やってきた陽太が、
「深月、逃げよう」
と言って手を握ってきた。
いや、何処から?
そして、なにから?
と思う深月に、
「幸い船もある」
と陽太は言ってくる。
貴方、船で何処まで逃げる気なんですか?
明日も仕事ですけど、
と思う深月を陽太は急いで連れ出そうとする。
「さあ、帰るぞ」
と言う陽太の背後から現れた清春が、
「待て」
と言って、グッと陽太の肩をつかんだ。
「深月は俺が連れて帰る」
「なんだとっ?」
と睨んだ陽太に、
「……自分の家だから」
と清春は言う。
「そうだったな……」
と深月をつかむ手を離さないまま陽太は言った。
そして、
「兄貴が恋敵とかややこしいぞ」
と深月に文句を言ってくる。
結局、陽太も杵崎も一緒に家まで送ってくれた。
夜道を歩きながら、陽太がボソリと言ってくる。
「さすがお前の兄貴だな。
テンポがおかしくていまいち喧嘩にならん」
いや、ならなくていいんですよ、と思う深月の横で、杵崎は興奮したように、神楽について清春に質問していた。
「杵崎さん、連れてきてよかったですね」
と深月は陽太に笑いかけたが、
「いや、よかったんだか、悪かったんだか……」
と陽太は曖昧に呟いていた。
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました
菱沼あゆ
恋愛
ご先祖さまの残した証文のせいで、ホテル王 有坂桔平(ありさか きっぺい)と戸籍上だけの婚姻関係を結んでいる花木真珠(はなき まじゅ)。
一度だけ結婚式で会った桔平に、
「これもなにかの縁でしょう。
なにか困ったことがあったら言ってください」
と言ったのだが。
ついにそのときが来たようだった。
「妻が必要になった。
月末までにドバイに来てくれ」
そう言われ、迎えに来てくれた桔平と空港で待ち合わせた真珠だったが。
……私の夫はどの人ですかっ。
コンタクト忘れていった結婚式の日に、一度しか会っていないのでわかりません~っ。
よく知らない夫と結婚以来、初めての再会でいきなり旅に出ることになった真珠のドバイ旅行記。
ちょっぴりモルディブです。
Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる