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理由がありませんっ

あんた、今のままで楽しそうじゃない

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 クリアファイルの束を手に、深月が戻ってくると、ちょうどカウンターの後ろを通りかかった営業のおじさんが言ってきた。

「ねえ、明日の小学校の社会科見学、案内すんの?」

「はい。
 私が担当させていただきます。

 あ、もしかして、お子さんがいらっしゃるんですか?」
と笑いかけると、

「うん、そう。
 よろしくね。

 俺に似て可愛いから、すぐわかるよ」
とおじさんは言ってくる。

「美人のおねえさんが案内してくれるって言っとくから」
とおべんちゃらを言って去っていくおじさんに、

「ありがとうございます~」
と深月は笑って頭を下げた。

 ふと気づくと、膝乗りハンターさんがじっとこちらを見ている。

「ねえ」
と呼びかけてきた。

「あんた、ほんとに秘書室行きたいの?」
「え?」

「楽しそうじゃない、総務で充分。
 こっちの方が向いてて、やり甲斐があると思うのなら、いくら好きな男に言われても、従う必要ないんじゃない?」

 何故、突然の助言、と苦笑しながらも、
「……ありがとうございます」
と深月は礼を言った。

「でもほんとに、支社長とはなんでもありませんから」
と言ったのだが、膝乗りハンターさんは小声で言ってくる。

「いやいや。
 支社長はあんたにメロメロに見えるわよ」
と。

 いや、なんで小声で言うんですか。
 広めてやるって言いませんでしたっけ?
と思いながら、深月は言った。

「そんなこともないですよ。
 それに秘書室には、靴にガラスが入ってたら、やだから行きません」

「なんで、靴にガラスが入るのよ。
 っていうか、あんた、社内で靴脱ぐことあるの?」

「……言われてみれば、そうですね。

 でも、定番じゃないですか。
 トウシューズに画鋲とか、ロッカーにある衣装がズタズタとか」

「なんの衣装よ」

 ……神楽のですかね?

 だが、さすがに会社には持ってきていない。

「っていうか、それ、私がやると思ってるんでしょ?
 無理よ」

「なんでですか」

「……まず、あんたのロッカー何処よ」

「……総務のロッカー室、ご存知じゃなかったんですか?」

 いや、すぐそこなんだが、と振り返っていると、
「そうじゃないわよ」
と彼女は言ってくる。

「そもそも、あんた、誰よ」

 名前は、なによ、と訊いてくる。

「……実は我々、似てるのかもですね、膝乗りハンターさん」
とうっかり本人に向かって言ってしまい、

「膝乗りハンターって誰よっ」
とキレられた。
 



 膝乗りハンターさんは、向田沙希むかいだ さきさんというのだそうだ。

 ……すみません、向田さん、と思いながら、深月は仕事に戻った。




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