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理由がありませんっ
一宮が苦手な理由
しおりを挟む「船長っ」
と深月に呼ばれて、陽太は、ちょっと嬉しかった。
昔、船長になりたかったからだ。
だが、深月はすぐに、支社長っ、と言い換える。
そして、死ぬほどくだらないことを言ってきた。
「今、杵崎さんが思いっきり意味深なことを言って去ってったんですっ。
なんだったのか訊いといてくださいっ」
……何故、英孝の話題、と思わなくもなかったが。
深月自身は気づいていないようだが、訊いといてください、と頼みながら、パシパシ腕を叩いてくる。
いや、お前、その仕草はまずいだろう。
支社長の腕をパシパシする一般社員など居ない。
そう思いながらも、深月が気を許してくれているように感じて、嬉しかった。
支社長室に戻ると杵崎が来たので、
「おい、深月がお前が去り際に言ってたことが気になると言ってるんだが」
と訊くと、杵崎は、ああ、と呟いて言う。
「いや、一宮は結構身長があるので苦手なんですが。
その話をしていて、ふと思ったんです。
俺が巫女さん好きなのは、足元が草履で、身長が俺に追いつかない奴が多いからじゃないかと」
「……そんなくだらない話か」
「だから口から出さなかったんじゃないですか。
何故、わざわざ訊いてくるんです……」
と言われてしまった。
意外だな、杵崎さんが身長を気にしていたとは――。
いや、確かに支社長ほど大きくはないが、大抵の女性よりは大きいと思うんだが、と思いながら、深月が仕事をしていると、
「なによ。
まだ、総務に居るじゃない」
という声がカウンターからした。
振り返ると、また来た膝乗りハンターさんがつまらなさそうに、こちらを見ている。
深月は、
「いや……、居ちゃいけないんですか」
と言いながら、彼女が持ってきた備品伝票を受け取った。
「だって、あんたがいつまでも異動しないから。
忙しいのに、どうなったのか気になって、ついつい用事を作って、此処に来ちゃうじゃないのよ」
……まるで、恋のようですね。
「やり手だと評判の支社長が、自分の愛人を秘書にしようとしてるっていう面白いネタをせっかく、つかんだのに。
いつ、私はこのネタをみんなに披露できるのよっ」
「フライングして、広めてみたらどうですか?」
と言いながら、深月は伝票を見る。
この人の名前、わからないかな、と思ったのだが、企画事業部としか書いていない。
「いやよ。
噂が広まったせいで、支社長があんたを秘書にしなかったら、私、ただのガセネタ広めた奴になるじゃないの」
はは、と笑った深月は、
「今現在、もっとも私を秘書室に上げたがってるのは、支社長じゃなくて、貴女ですよね」
と言ったあとで、
「すぐにお持ちしますね~」
と言って、クリアファイルを取りに備品倉庫へと向かった。
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