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理由がありませんっ

そんな笑顔に騙されませんよ

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 すると、陽太は神楽を見たまま言ってくる。

「助けて欲しい人を助けてくれなかったからだよ」
と。

 黙って陽太の横顔を見ていると、陽太は言った。

「俺はすごいひいばあちゃんっ子だったんだよな。
 うち、みんな仕事で忙しくてさ。

 ばあさんまで。

 俺に構ってくれるのは、ひいばあちゃんくらいで」

 皆様、パワフルそうですね、と思っていると、
「ああ、あと、英孝が居たか」
と言う。

「っていうか、あいつもほっとかれたクチだから、ぽいっ、と俺と一緒にひいばあちゃんとこに放られてた」

「やっぱり、杵崎さんとはご親戚なんですか?」

 英孝と呼んでいたし、関谷せきやさんが聞いたという前の支社長の話の感じからして、会長の一族っぽいなと思っていたのだ。

「まあ、お前はいずれ身内になるんだから、言ってもいいか」
と言う陽太に、

 いやいや、なるとか言ってませんからね、と思っている間に、陽太は、
「英孝は甥なんだ」
と言う。

「は?」

「英孝は年の離れた姉が昔、ちょっと道をそれて、うっかり早くに作った子供なんだ。

 母親が姉に激怒したせいもあって、英孝は戸籍上は、祖父母の子になってるから、一応、俺のおじさんになるんだけど。

 本当は俺が甥じゃなくて、あっちが甥なんだ」

 陽太は何故かそこのところを真剣に主張してくる。

「いや、その辺、どっちでもよくないですか……?」
と言ったのだが、いや、どうでもよくない、と陽太は言う。

「それで二人でよく揉めてたんだ、昔。
 俺の方がおじさんだって言って。

 おじさんって、大人みたいで甥より格好いい気がしたんだろうな。

 ……この歳になったら、積極的になりたいものではないんだがな、おじさん」
と言う陽太に、深月も深く頷く。

「そうですよね。
 私も従兄弟の子におばちゃんとか言われたら、お菓子買ってやるの、やめてやろうかと思います」
と言って、

「それは心が狭いだろう」
と言われてしまった。

 いや、お前もな……と思っていたが、言わなかった。

「まあ、ともかく、そんなこんなで俺は、ひいばあちゃんっ子だったんだが。

 ある日、目の前でひいばあちゃんが倒れて。

 俺は学校から帰ったら、いつも、おかえりって言ってくれるひいばあちゃんの笑顔がなくなることが怖くて。

 子どもだったから、必死に神様に祈ったけど、神様は助けてくれなかったぞ」

「……そうだったんですか。
 そんなことが」

 必死に祈るちっちゃな支社長を思うとなんだか悲しくなってくるな、と思う深月の前で、また神楽を見ながら、陽太が言ってくる。

「もう二十年。
 いや、俺が嫁を迎えて、子どもの顔を見せるまでは生きてて欲しかったな。

 ……そういえば、俺は医者にも怒っている」
と陽太は言い出した。

「大往生でしたね、とか言いやがって。
 なにが大往生だ。

 松浦先生は、残念だったね、と言ってくれたけど」

 はは、と深月は苦笑いした。

 そうか。
 それで松浦先生と知り合いだったんだな、と思う。

 まあ、他人から見たら、大往生だと思われる人間でも、家族にとっては早すぎるってことあるよな、と思いながら、

「ひいおばあさま、おいくつだったんですか?」
と訊いたら、

「百八だ」
と陽太は言ってきた。

 ……百八。

 なんだかめでたいような数だな。

 いや、煩悩の数か。

 っていうか、それ、恨まれても神様もお医者様も困るのでは。

 世界記録を樹立するつもりか、とは思ったが。

 それだけ、ひいおばあちゃんのことが今でも好きなんだろうな、と思うと、なんだか、微笑ましくもある。

 普段は強引でちょっと困った人だけど、と思いながら、陽太を見つめていると、陽太がこちらを見て、笑った。

 ……な、なに、微笑んでるんですか。

 ちょっと優しげではないですか。

 いやいやいや。
 騙されませんよ、と思いながら、深月は顔が赤くならないように気をつけつつ、
「……なに笑ってるんですか」
と問う。

 いや、どうにも気をつけられてはいなかったと思うが……。

 すると、陽太は、
「いや、お前が俺を見て微笑んでたからだ」
と言ってきた。

 いやいやいやっ。
 そんなことないですっ。

 いや、ほんとにっ、と思いながら、深月は自分の座る冷たいパイプ椅子の両端を握りしめ、俯いた。




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