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理由がありませんっ
それは愛ですか……?
しおりを挟む支社長室で仕事をしていた陽太は、ん? と顔を上げて、杵崎を見た。
いつの間にか目の前に、書類を手にした杵崎が立っていて、物言いたげな目でこちらを見ていたからだ。
「どうした、英……
杵崎」
と言ったが、杵崎は無言だ。
「そういえば、さっきから、頭にお前の顔がサブリミナルのように浮かぶんだが」
「なんですか、それは愛ですか」
と淡々とした口調で、杵崎は言ってくる。
冗談のように聞こえなくて怖いんだが……と思いながら、陽太は言った。
「いや、暗い海と提灯と鳥居を背に立っているお前の顔が、今朝から何度も頭に浮かぶんだ」
「その私はどんな顔をしていますか?」
「……なにか呆れているようだ」
杵崎はひとつ溜息をついて言う。
「それはサブリミナルとかじゃなくて。
昨日見た光景が脳裏に焼き付いてるんですよ」
そのセリフに陽太は確信した。
「やはり、お前か。
船を動かしてくれたのは」
「私は高岡さんを迎えに行っただけですよ。
高岡さん、泳いで帰れませんからね」
高岡というのは、支社長付きのドライバーなのだが、船も動かせるので、たまに頼むことがあるのだ。
「我々もあそこをたまたま通りかかったんですよ」
と杵崎は言う。
「ちょうど一杯やりに行こうと思ってたんで、ふるまい酒ラッキーな感じだったんですが。
既に出来上がっていた支社長が、一宮を船に乗せたいとか言い出して、高岡さんが船を動かして、私が私のプレジャーボートで高岡さんを迎えに行ったんです」
「す、すまない」
と謝ると、いえいえ、と素っ気なく言った杵崎は、
「時間外勤務ですが、お小遣いはいただきましたから。
その金で二人で呑みに行きました」
と言ってくる。
陽太は思わず、財布の入っている胸元を押さえた。
財布はスーツの内ポケットに入れているので、厚みが出てスーツの形が崩れないよう現金はあまり入れてはいないのだが。
「ずいぶんご機嫌で、弾んでくださいましたよ」
と杵崎が言うので、おそらく、数万は渡したのだろうと思う。
「ああいうタイプがお好みだとは思いませんでした」
と言ったあとで、失礼します、と杵崎は書類を持ったまま出て行った。
置いてけ、その書類ーっ、と立ち上がったが、ドアを開けても、杵崎の姿はもうなかった。
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