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理由がありませんっ
支社長はまるで神ですねっ
しおりを挟む「あー、素晴らしい朝食でした。
支社長はまるで神ですね」
と食べ終えた深月は手を合わせて言う。
「お前の神になるのは簡単だな」
と陽太は紅茶を注いでくれながら笑う。
「お前に触れたら神が怒ると言っていたが。
俺が神になれば、お前は俺のものか」
と不遜なことを言い出した。
ちょっと邪悪な笑顔を浮かべている。
いやいやいや。
そう言う問題じゃないですっ、と慌てて深月は否定した。
「神様より先に、おじいちゃんに怒られますしっ」
と言いながら、この美しい船と美味しい朝食のせいで、今朝のことから現実逃避しかけていた深月は正気に返った。
「そ、そうだ。
会社っ」
と慌てて深月は時計を確認しようとしたがなかった。
「と、時計っ」
と慌てる深月に陽太は、
「船の上では時間を忘れろ」
と言ってくる。
「いやいやいやっ、遅刻しますっ。
っていうか、貴方、腕時計してますよねっ?」
忘れろと言いながら、自分は腕時計を確認しているのだ。
「心配するな。
このまま会社の港に入るから」
「いやいやいやっ、私は下ろしてくださいっ」
「なんでだ。
その辺で拾ったと言えばいいだろう」
と猫の子のように言う陽太に、
「着替えたいんでっ。
帰って着替えたいんでっ」
と深月は繰り返した。
「別にそのままでもおかしくないが」
と上から下まで深月を眺めて、陽太は言う。
確かに、ちょっとフォーマルっぽいワンピースにシンプルなジャケットだったので、このまま仕事に行っても、そうおかしくはなかった。
「でもあのっ、途中で拾われたんだとしても、支社長と出勤なんてしたら、おねえさまがたにボコボコにされますからっ」
と深月が強く主張したので、仕方なくといった感じではあったが、神社近くの漁港で降ろしてもらえることになった。
「お前んち、神社のとこなのか?」
「いえいえ。
うちは違うとこにあるんですけど。
昨日、神社に自転車乗っていってた気がするの、で……」
後半、言葉が途切れ途切れになった。
夕べなにがあったんだろうな、と恐ろしくなり。
今朝、目覚めたときのことまで思い出してしまったからだ。
できるだけ、頭の隅に追いやっていたのに。
リアルに思い出すと、支社長と向かい合っていられないから。
は、早く漁港につかないだろうかと思ったのだが、岸まで泳いでいける感じではない。
陽太に言ったら、
「いや、お前、その格好で泳ぐ気か?」
と言われそうだが。
遠泳の練習、嫌がらずにしとくんだった、と思っている間に、陽太が消えていた。
操舵室に行ったようだ。
そちらに行って、チラ、と覗くと、
「入って来い」
と言う。
「お、お邪魔します」
と深月はちょこんと操舵室の隅に立った。
「その辺に座れ」
船はまっすぐ漁港に向かっているようだった。
漁港の左手に見える小島を見ながら、深月は言った。
「ああ、会社が見えてきちゃいますね」
さっきまで、あの島の陰になって会社が見えなかったのだ。
「ゆっくりしたいときに会社が見えるのやだろ」
と陽太が言う。
それであの辺りで停泊してたのか、と深月は笑った。
支社長でも会社見たくないとか思うのかと思って。
だが、船を操縦している陽太を見ていて、深月は気がついた。
「ん?
そういえば、この船、昨夜は酔った状態で運転してたんですか?」
神社にいたとき、陽太はもう呑んでいたはずだった。
「そんなわけないだろう。
誰かが運転したんだろ」
「誰かって、誰ですか?」
と深月は、やはり、船内に誰かがっ、と振り返ったが。
「いや、他に船を動かしてくれる奴がい……」
と言いかけ、陽太は黙る。
なんなんですかっ。
気になるんですけどーっ。
「……確かに。
運転してくれた奴が泳いで帰ったのでない限り、もうひとりいたはずだよな。
まずい相手に弱みを握られたかも」
と呟いている。
いや、誰なんですか、まずい相手ってっ。
怖いんですけどっ、と思っている間に、漁港に着いた。
幸い、今は人気がなく、知っている人にも出くわさなかった。
猫が呑気に、もう朝の仕事を終えた漁船の上であくびをしているのを見かけたくらいだ。
陽太の船を振り返り、ぺこりと頭を下げると、深月はダッシュして漁港から消えた。
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