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予兆
八坂の剣
しおりを挟む来た、と薫子が言った。
彼女の前に正座していた透子は顔を上げた。
感じる。
自分を引き寄せようとする強い力。
まるで淵の水へと自分を返そうとするかのような。
『全てはお前の撒いた種。
自分で好きなように刈り取るがよかろう』
傍観を決め込む薫子は透子の前を去った。
青白い障子の向こうには、庭の影。
それだけ。
だが、透子には聞こえた。
八坂を揺るがす龍王の叫びが。
裏切りの巫女を、彼は許さない。
淵が鳴動するのを感じた。
私の命を取り上げたければ、取り上げればいい。
すべては私の罪だから。
でも……。
透子は目の前の、薫子が置いていった白い布にくるまれた懐剣を見つめる。
今はこんな形をとってはいるが、かつては見事な一振りの剣だったと言われている―
『八坂の剣』
龍神がまだ荒神だったころ、退治されたときに、その腹から出てきたと言われる剣。
この世でただひとつの――
龍神を殺せる剣。
透子はその布を落とした。
見事な龍の細工が施された白い鞘が現れる。
鞘から引き抜くと、白銀の刀身が姿を現した。
月の光が、その刀に香り立つような輝きを走らせる。
その刃先は熱田神宮に祀られる草薙の剣――
天の叢雲と同じく、真っ直ぐな諸刃になっていた。
白い小袖に緋袴。
立ち上がった透子は思う。
私は今、神に遣えるもののふりをしながら、神を殺しに行こうとしている。
あれほど、敬った龍神を――。
今、自分がしようとしていることの意味を、その罪の重さを、もう一度、自らに含ませるように唾を飲み込んだ。
障子の桟に手をかけ、縁側に立つと、煌々とした白い満月が目に飛び込む。
その輝きが、汚れを知ったばかりのその身を照らした。
明るすぎる月がまるで自分の味方をするように辺りを照らしてくれている気がして、透子は笑った。
そんなはずはない。
自分はこれから神を裏切るのだ。
この世界を作り、守っているもの。
神と自然と――。
人がそれらを敬うことでこの世に生じたと言われる龍神を。
透子は、ぐっと柄を握りしめる。
今まで、龍神を、この青龍神社を、龍造寺を守り続けてきた先祖の念を抱き壊そうとするように。
巫女として生きてきた私が、地に堕ちようとも。
和尚だけは、渡さない!
透子は月さえも照らし出せない闇に覆われ始めた淵へと向かい、駆け出した。
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