冷たい舌

菱沼あゆ

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予兆

龍也、ズルイじゃないか

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 裏の参道から少し外れたところに、大きな車庫がある。

 ぶすくれてカウンタックから降りた忠尚を、目ざとく龍也が見つけた。

「あ、連れ戻されてやんの」

 ほっとけ、と忠尚は大人気なく龍也に舌を出す。

 龍也は何か言い返そうとしたが透子と目が合うと、ふいと逸らして母屋に行ってしまった。

「なんだ、あれ?」

「ちょっと拗ねてんのよ。
 いいから、早く帰んなさい」

「いや」
「いやじゃないわよ」

「一緒に帰ってくれ」
「あ?」

「一人じゃ嫌だ」
と威張って言う。

 まったく……。

 透子は溜息をついて、カウンタックの入っている車庫に頑丈なシャッターを下ろし、ロックをかけた。



 群青と紫の混ざり合った透明な空を背に、透子と忠尚は林の小道を歩いていた。

 さくさくと下草を踏みしめる音が静かな林に響く。

「ちゃんとおじさまに謝るののよ。
 今日の仕事すっぽかしちゃってごめんなさいって」

「どうせ、和尚がやってんだろ?」

 面倒くさそうに忠尚は言った。

「そうよ、かわいそうに。
 今また逆らえないもんだから」

 それで忙しいから、仕方なく透子が迎えに行くことを許したのだ。

 今までそんなこと頼まれたこともないのに。

「それは自業自得だろ。
 おいお前、ほんっとーに、なんにもなかったんだろうな」

「当たり前でしょ。
 私を信じてよ」

 そう言い切る透子に、うん、まあ……お前はな、と口の中で、もごもご言っている。

 夏の日ざしに当てられたのか、踏みしめる林の中の下草まで勢いを増していた。

「忠尚、いつもふいと居なくなるとき、天満さんとこに行ってたの?」

 そうだよ、と忠尚は、ちょっと面白くなさそうに言う。

「みんなにバレバレの俺の隠れ家。

 親父、天満さんの何考えてんのかわかんないところが苦手みたいで、あそこに居ると、あんまり追求されなくていいんだ。

 お前、本当に今まで知らなかったのか」

 うん、と透子は素直に頷く。

「だって、和尚教えてくれないんだもの。あんたも自分で言わないし」

「和尚が言うなっていうから。
 なあ、昔なんかあったのか、天満さんと公人さん」

 そう問われ、答えない透子を忠尚は責めたりはしなかった。

「いや、別に内容はなんでもいいんだけどさ。
 知らないことがやだったんだ。

 和尚とお前は知ってるのに、俺だけ知らないってことが。なんか、ハネにされてるみたいでさ」

「そんなこと。
 たまたま、私と和尚が知る機会があったってだけで。あんまり人に話すようなことでもないし」

「うん。
 そうなんだろうとは思ってたけど。

 ちょっと――
 さみしかったかな、やっぱ」

 そう言って、夕陽で影になった林の上に、うっすらと浮かんでいる白い月を見上げていた。

 そっか……それには気づかなかった。

 心の底から悪いと思って幼なじみを見上げる。

 すると忠尚は、これがあのたらしの男と同一人物だとはとても思えないほどの、屈託のない顔で言った。

「なーんてな。
 俺もよく龍也ハネにしてるから言えた義理じゃないんだけどさ」

「それなんだけど。なんでいつも、龍也だけ外そうとするのよ」

「だって、龍也ズルイじゃないか」
「ズルイ?」

「お前と姉弟でさ」

 いや、今はこれでいいと思ってるんだけど、と忠尚は呟いた。

「お前の兄弟は俺たちだけだと思ってたのに、龍也が生まれてさ。
 ほんとの弟が出来たら、俺たちとは離れちゃうんじゃないかと思って、怖かったんだよ」

「いつの話してんのよ」

「でも、そういうのって、ずっと引っかかってくるもんなの。

 今は別にあいつのこと、嫌いじゃねえけど、やっぱ、ちょっとしたときに出るんだよな。
 癖っての?

 和尚だって、無意識のうちにハネにしてんじゃん」

 なんだか、いまいち話が掴めなくて、首を傾げる透子に忠尚は笑い、頭の後ろで組んでいた手を下ろして差し出した。

 目の前に降りてきた大きな手を、え? と見つめる。

 長い間、運動をしていたせいか、和尚よりもしっかりしていて、温かそうな手だった。

「手、繋いで帰ろう?
 子どものときみたいにさ」

 透子は目をしばたいたが、無邪気な忠尚の顔に釣られるように、その手を掴んだ。

 見ための通りのぬくもりを感じる。

 意外にも安心のできる手だった。

 だが、微笑みながらも、透子は違う手を思っていた。

 いつも限界まで力を使い、冷えきっているあの手を――。

「透子」
「んー?」

「ほんとに結婚したりしないよな」
「……そうだね」

 つい淵の方を振り返った透子の目に、大きな白い星が目についた。

 林の斜め上にある一番星。

 あの日よりも白く輝いていた。




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