冷たい舌

菱沼あゆ

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予兆

封印

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「じゃあ、また来るわ」

 そう言う忠尚に、天満は苦笑いし、
「出来れば、十二時以降はやめてくれよ」
と言った。

 へいへいと出ていく彼の後を、和尚は付いていく。

 透子は一人振り返り頭を下げた。

「お邪魔しました、天満さん」

「その封印。
 まだ健在なんだね」

 はっ、と透子は額に手をやる。

 天満は表情を緩め、

「別にどうこう言うつもりはないよ。
 今となっては、それも薫子さんが残した数少ない遺産のひとつだからね。

 気が済むまで大事にしてやって」
と伏し目がちに言う。

「おい、透子、早くしろよ」

 塀の向こうから忠尚が呼んだ。

 天満はちょっとだけ笑って手を振る。

 和尚は少し離れた暗闇に立ち止まり、こちらを見ていた。

 
「しっかし、天満さんも不思議な人だよな。
 経歴もどんな生活してんのかも、今いち謎だし。

 な、透子。
 ――おい、透子。寝てんのか?」

 頬杖をついて、窓の外に流れる景色を見ていた透子は、はっ、と前を見た。

「ああ、ごめん。起きてるよ」

 和尚が助手席からフォローを入れるように言う。

「帰ったらすぐ寝ろよ。
 お前、明日から潔斎だろうが。

 あんまり遅くまで、ほろほろしてると叱られるぞ」

 うん、と透子は頷く。

 国道沿いの下の鳥居から歩いて上がるという透子に反対して忠尚は、ぐるっと回って車の上がれる上の参道まで入ってくれた。

 車を降り、赤いテールランプが降りていくのを見送っていると、

「お帰り、不良巫女様」
という声がする。

 振り返ると、母屋の窓から龍也が覗いていた。

「あんた、そんっなにアイス食べたかったの?」

 そんなんじゃねえっ、と龍也は怒鳴る。
 

 透子が居なくなった車内は妙に静かだった。
 微かなエンジン音と、僅かな揺れ。

 沈黙を破ったのは忠尚だった。

「お前、あんまり天満さんとこ行ってないのか?」
「別に、何処も悪くないからな」

 俺もどっか悪いわけじゃない、と呟く。

 忠尚が何か言いたそうだと気づいていたが、素知らぬふりで窓の外を見る。

 車だと少し遠回りになるとはいっても、五分足らずだ。

 焦った忠尚がようやく口火を切った。

「なあ。お前ほんとは透子のこと、好きなんだろ?」

 答えない和尚に、
「否定しないの、初めてだな」
と多少の感慨を込めて呟く。

「お前も、春日の登場で結構焦ってんだろ?

 あれ、斉上さんとかと違って真面目そうだし、透子と相性よさそうだもんな。

 でも―― 負けないよ、俺。

 春日だけじゃない。
 お前にだって、透子は渡さないっ」

「そんなこと言う前に、女の清算でもしたらどうだ」

 忠尚はいきなりブレーキを踏んだ。

 車体が跳ねる。

 おい、危ないだろと振り向くと、忠尚は計器の緑色の光を真剣な面持ちで見つめていた。

「俺、本気なんだよ。
 透子が好きなんだ」

「なんで俺に言う。
 本人に言えばいいだろ?」

 言えりゃ苦労しないよ、と忠尚は俯きがちに小さな声で言う。

 あまりに近すぎて、忠尚はその一言が言えないでいる。

 今のこの関係を崩すくらいなら、いっそ言わないままがいい。

 そう思う弟の気持ちは和尚にもよくわかった。

 和尚は横から手を出して、ハザードランプをつけてやる。

「少し避けろよ。
 後続車に邪魔だろ」

「……お前が触ると壊れるんじゃなかったのか」

「減らず口を叩く元気はあるんだな」

 俯いたままの忠尚に、和尚は言う。

「なんなら運転してやってもいいぞ。
 しないだけで出来るんだからな」

 その言葉に慌てて発進させた忠尚に、少しだけ笑ったが、すぐにその笑みも見えた。

 振り返り、闇夜に聳える白い鳥居を見上げる。



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