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予兆
天満
しおりを挟む夕食後、どうせならと某アイスの店まで三人は出向いた。
ちなみに車は和尚たちの家の普通のセダンで、忠尚の運転だった。
お気に入りのグリーンティを頬ばりながら、透子は言う。
「龍也も来たそうだったよ」
「あいつにまで奢ってやる義理はねえ」
「そうやって、すぐハネにするから拗ねちゃうんじゃないの?」
「今日のはただの金銭問題だろ」
そう言う和尚を睨んで、忠尚は、
「だいたい、お前もちゃっかり入ってんなよ」
と言う。
「俺はいいんだよ」
「なんでだ?」
「双子だから」
「……なんでだ?」
わけのわからないことを言って煙に巻く和尚に乗せられ、悩む忠尚に、透子は笑った。
ガラス張りの店内から外を見る。
国道と近くの工場の光で結構明るかった。
「そういや、お前、加奈子を知ってるって?」
突然そんなことを言った忠尚に、透子は口に入れていた塊を慌てて飲み込む。
「ああ、今日の忠尚のデートのお相手」
「今日のってつくところが、ミソだよな」
うるさいっ、と忠尚はわめく。
「あのね。よくうちに御守り買いに来るんだ。
一ヵ月に一遍くらいかな。
でも返しには来ないんだよね。
友達にでもあげてるのかな」
新しいのを買ったりして用の終わった御守りは、神社に返すことになっている。
まあ、ちゃんとやる人間は少ないが、そんなに買っているのなら、持て余すだろうに。
「それ全部、恋愛成就の御守りだろ」
「そう。なんでわかったの?」
「あれはそういうことしか頭にない女だから。
ほんっとお前とは正反対の女だよ」
溜息をつく忠尚を透子は睨む。
「なによそれ、私に色気がないっての?」
そうじゃないよ、と言いながら忠尚は、透子の口の傍についたアイスを指で拭ってやる。
和尚は、むっとしたが、口に出して文句を言うわけにもいかないので、別のことで反逆することにした。
「じゃあ、なんでそんな女と付き合ってるんだよ」
透子の前で、じゃあとか付けるな、と睨んでくるが、どうせ、こんな鈍女にわかるわけもない。
「なんで、か……」
と忠尚が呟いた。
「だから、かな」
その目は、工場の煙突の上でキラキラと点滅する光を見ていた。
こいつも結構複雑なのかなと思って見ていると、
「あっ、こらっ。
みんな食うんじゃねえっ」
といつの間にか透子の手にあった自分のアイスを慌てて取り返している。
「お前、ほっそいくせに、こういうもんだけ、よく食うよなあ」
あーでもね、と透子はプラスチックのちゃちなスプーンを振りながら言った。
「いつか食べた。
こーんなお皿いっぱいの、ケーキとアイスとえっと、後なんだっけ。
ともかく、ありとあらゆる洋風の甘いものが乗ってるセット!
晩御飯代りに空きっ腹に食べたときばかりは、吐くかと思ったわ」
男二人は聞いてるだけで、吐きそうになって、口許を押さえた。
「ああ、具合悪いんなら、私が運転してあげようか」
結構だっ! と、忠尚はテーブルの上に置いておいたキイを透子に獲られないうちに掴んで立ち上がる。
「四車線道路を真横に突っ切るような車線変更をしなくなったら、運転させてやる」
「車居ないときはいいじゃない」
「そういう問題じゃねえだろ……。
和尚、たまには運転しろよ。
俺が飲んだときとか、この馬鹿が運転するって言い出さないように」
「俺が触ると、よく電気系統のものが壊れるのを忘れたのか?」
「……壊すんなら、カウンタックにしてくれ。
親父、煩いから」
「ちょっと。
あれ本当に電気系統壊れやすいんだからね」
洒落にならないこといわないでよ、と言いながら、遅れて透子も立ち上がる。
その額に視線を這わせても、ぱっと見には、封印のことなどわからない。
この俺に気づかせないとはさすが婆だ、と妙なところで感心する。
だが、薫子が死んでもう二年、何故、この封印は生きた植物のように生々しいのだろう。
普通、年数を経れば、何処かに綻びが出てくるはずなのに。
誰かが補充をしているとしか思えない。
だが、一体、誰が――?
「よお、天満さんとこ寄ってくか?」
店のドアを押しながら、忠尚が言った。
天満というのは義隆の弟で、若い頃、さんざん海外で放蕩し尽くした挙句に、町外れに小さな漢方薬局を開いた龍造寺の変わり種だ。
「珈琲くらいなら出してくれるんじゃねえか」
でも、もう遅いよ、と透子が忠尚の後ろをついていきながら、その服を引っ張る。
「大丈夫だよ、あのおっさん遅くまで起きてごそごそしてるから。
一人もんだから、気楽なんだろ」
「天満さんって、モテそうなのに、なんで独身なのかしら」
「だから……モテるからだろ?」
ちょっとの沈黙のあと、透子と二人囁き合う。
「忠尚が言うと、なんだか含蓄があるわね」
「含蓄があるっていうのか、そういうの」
うるせえっ、と忠尚が振り返り叫んだ。
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