冷たい舌

菱沼あゆ

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予兆

和尚と忠尚

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 なんとか二人から脱出した透子は、あー、痛かった、と腕を回しながら言っているが、懲りている様子はない。

「なにがそんなんじゃないよ。
 忠尚が、そんなんじゃなく、女の子と居るの見たことないわよ」

「そうですねえ、そうみたいですね、あの二人」

 振り返りながら思わずそう呟くと、透子は、はた、と動きを止めて、自分を見た。

「わかるんですか?」

「ええ、まあ。
 だいたい」

 ふーん、と言い、すたすたと店内に入っていく。

 後ろに付いてエスカレーターに乗った春日は、
「気になりますか?」
と訊いてみた。

「兄妹みたいに育ったからでしょうか。

 あんまり面白くはないんですよね。
 ああいうとこ見ると。

 なんだか取られたみたいで」

 それは有りがちな発想だとも思われたが、春日としては、ちょっと面白くないところだった。

「それに、忠尚にも腹が立つんですよ。

 あの女の子、よく恋愛成就の御守り買いに来るんですけど、それって不安だからでしょう?

 まあ、あれだけ相手が複数いりゃ、不安にもなるでしょうけど。

 忠尚、隠さないから。

 ああいうとこ、ずるいんですよね。最初から、他にも女の人がいること言っておくんですよ。

 そしたら、相手が文句言ってきても、それを承知で付き合ったんだろって言えるから」

「なんか……羨ましいような人生ですね」

 つい遠い目をしてしまった春日は、透子が冷たい目線で自分を見下ろしているのに気がついた。

「あっ。
 もちろん、一般論ですよ、一般論」

 透子はちょっと眉をひそめてはいたが、忠尚のお陰か、男のそういう面には耐性があるらしく、
「あ、この上なんですよ」
と、すぐにいつもの口調に戻って、上の階を指さした。

「最初、忠尚に教えてもらったんですけどねっ」
と忌ま忌ましげに言う。

 どうせ、デートにでも使っていたのだろう。

「でもまあ、忠尚くんが、ああなっちゃうのも、わかる気はしますけどね。

 あれだけ奇麗な顔してると、ちょっと悪さしてみようかなって気になるかもしれないです」

「でも、同じ顔でも和尚はしませんよ」

 その言葉に、和尚への絶対的な信頼を感じて、ちょっと意地悪したくなる。

「それ、透子さんが思ってるだけなんじゃないですか?

 和尚くんだって、男なんだし、透子さんの見てないところで、悪さしてるかもしれないじゃないですか」

 ぴたり、と目の前の透子の動きが止まった。

 おや? と思う間もなく、ちょうど上まで来たエスカレーターから飛び降りる。

「和尚はそんなことしませんっ」

 振り返り、子供が駄々を捏ねるように言うと、一人がさっさと行ってしまう。

「あっ、あっ。

 透子さんっ。

 待って――

 ちょっと待ってくださいよーっ」

 春日は慌てて、透子の揺れるスカートを追いかけた。



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