14 / 80
予兆
春日の来訪
しおりを挟む次の日、いそいそと呼びに来た母に着いていくと母屋の前に春日が居た。
玄関にかかるほどの枝を張るクヌギの木の下で、春日は少し照れたように透子を見た。
「すみません、突然。
実はちょっとお願いしたいことがありまして」
横で妙に変にわくわくしている潤子の気配を感じ、透子は睨む。
「お母さん、席、外してくれない?」
「どうして? 透子。
お母さんも春日さんとお話ししてみたいわ」
「なんでよ?」
「だって、将来息子になるかも……ぐっ」
口を塞がれてもなお、潤子はしゃべっている。
それを見ながら、春日は笑っていた。
「それがですね。
実はもうすぐ姉の誕生日で。
プレゼント買いに行くの、付き合って欲しいんですよ」
「あー、お姉さんの」
透子の手を振り払い潤子は身を乗り出してくる。
「そうですか。
お姉さんの。
それはいいことですね」
どういいことなんだ?
私は別にそのお姉さんと義姉妹になるつもりはないぞ。
だが、潤子はいつもの勢いで春日に向かって言った。
「春日さん。
この子が龍神様、龍神様って言っても、気になさらないでくださいね。
別にこの子が雨を降らせてくれるわけでも、台風を避けてくれるわけでもないし」
と薫子が聞いていたら殺されそうなことを平気で言う。
まあ、彼女が生きていた頃から、ちょっと豪胆なところがあったが。
「あのね、お母さん」
「この子、ちょっとそれっぽい外見してるし。
お祖母ちゃんが力の強い霊能者だったから、氏子さんたちもみんな信じちゃって」
しゃべるしゃべるどんどんしゃべる。
透子は、そんな母の袖を引いたが、あっさりと振り払われた。
「ほんとに龍神様の巫女だっていうんなら、山のひとつやふたつ割ってみなさいって言うんですよ」
引きつった笑顔で透子は問い返す。
「……割ってほしいの?」
「それくらいのことやってくれなきゃ信じられないって言ってんのよ。
親の私が見ても、あんたはちょっと勘が鋭いだけの、唯の子供ですよ」
透子は、はあーっと重い溜息をついて、母の袖を掴んだ手に体重をかける。
「なによ?」
「いいえ、別に。
お母さま、お忙しいんじゃないですか。
何か他の用事をされたらどうですか?」
「あら、なによ。
私を除け者にしようっての?」
「そうじゃなくて~」
単にうるさいからだっつーの。
「ああ、そうね。
私はお邪魔ね。
春日さんと二人きりになりたいわよねえ」
「お母さんっ!」
はしゃぐ母と叫ぶ娘を見て、春日はただ、苦笑していた。
「すみません」
と春日の車の中で、透子は恥ずかしく頭を下げる。
「いや、さすが、透子さんのお母さん。楽しい人ですね」
まあ、他に表現のしようがないだろうな。
車は、おじさん臭くない今どきのシルバーのベンツだった。
少し小さめで乗りやすそうだ。
車内には、まだ新車の匂いがしていて、透子は落ち着かなく、辺りを見回した。
カウンタックにはない設備に興味をそそられる。
「……どうかしたんですか?」
きょときょとする透子に、ちらと視線を走らせ、春日が問い掛ける。
「あ、いえ。その、高そうな車だなあ、と思って」
そう言うと、春日は前を見たまま笑った。
「透子さんのカウンタックの方が高いと思いますよ。
昨日友人に言ったら、本当に乗って歩いてる奴がいるのかって言ってました」
ははは、と透子は苦笑いする。
走る骨董品、だいたい、三万キロ乗ったらガタが来ると言われるカウンタックだ。
他のカウンタックのオーナーにに聞くと、走らせるのはせいぜい、月に一度か二度だと言う。
「でも、最初見たときは、びっくりしましたよ。
まさか、八坂に名高い龍神の巫女様が、カウンタックで現れるとは」
びっくりしたと言いながら、春日は嬉しそうだった。
「いつも、やめなさいって言われるんですけどね。
義隆のおじさまなんか、
『君のことは実の娘同然に可愛いがっているつもりだが、その趣味だけは理解できない』
なんて、あの顔で眉をひそめて言うんですよ」
男前だが厳しい義隆の顔を思い出したのか、春日は笑った。
透子はフロントグラスの向こう、かなり近づいた市街に目をやりながら訊く。
「それで、お姉さんのプレゼント、何を買われるんですか?」
ああ、と春日は口許に手をやり、
「香水にしようかと思うんです。
もう決めてあるので、付いて来てくださるだけでいいですけど」
一人で買いに行くのが恥ずかしかったので、と照れたように言った。
「僕の姉は今、海外に居ましてね。
物にも選び方にもうるさい女で。
僕は一年前から、次の年のプレゼントで悩まなきゃいけないくらいなんです」
眉をしかめて見せる春日だが、その口許は少し笑ってみえた。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました
吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆
第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます!
かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」
なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。
そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。
なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!
しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。
そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる!
しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは?
それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!
そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。
奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。
※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」
※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる