冷たい舌

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
10 / 80
予兆

忠尚からの誘い

しおりを挟む
 
 居間に入ると、公人がひとりお茶を飲んでいた。

「おお、透子。
 掃除は済んだか?

 和尚と忠尚はどうした」

「帰った」

 ふーっと透子はソファに腰を下ろす。

「なんじゃ、元気ないのう」

「別に?
 疲れただけ」

 透子は足を組んで、ぐたっとひじ掛けに身体を預ける。

「透子。
 潤子さんは、まだなんとか見合いを進めようとしとるようじゃが。気にすることはないぞ。

 お前は、この八坂に名高い龍神の巫女なんじゃからな」

 反対側のひじ掛けに搦めた足をのっけると、透子はのけ反るようにして、テーブルの前に座る公人を見た。

「八坂に名高いっつっても、今の私は淵に参拝したり、舞を舞ったりするくらいしか能がないからねぇ。

 お母さんに言わせりゃ、ただの穀潰しよ」

 透子は小さく息をついてから言った。

「あ、騙されるとこだった。
 そういや、掃除させたの、お祖父ちゃんじゃない」

「いやあ。
 ああでも言わんと潤子さんが煩いじゃろうが」

 嘘だ……。
 単に、自分が楽したかったんだ。

 疑わしい目で祖父を見たとき電話が鳴った。

 忠尚だった。

『透子、俺たちも今日、飲みに行かねえか。

 で、気が向いたら覗いて見ようぜ。
 あの和尚が、どんな顔でコンパに出てんのか』

 それは面白すぎる提案だったが、透子はつい溜息を漏らしていた。

『なんだよ、乗り気じゃないのかよ』

「ううん……行こうかな」

 それじゃ、と電話を切った透子に、公人が訊いた。

「誰じゃ?」

「忠尚。
 飲みに行かないかって」

「和尚はどうしたんじゃ」
「和尚は、コンパ」

 口に出しても、うわっ、似合わないっと思ってしまう。

「コンパー?」
と公人もまた眉をひそめる。

「斉上さんに引きずってかれたの」

 斉上、と公人は口の中で呟き眉を寄せると、
「おお。
 あの、お前に惚れとる男か」
と手を打つ。

「はあ?
 斉上さんだよ?」

「お前らの先輩で、ときどき此処にも来とる、あの男前じゃろうが。

 ほんに、お前は鈍いのう」
と小馬鹿にしたように言う。

「そんなことじゃから。あの春日とかいう男が会いたいと言ってきても、ほいほい付いてくんじゃろうな。

 だいたい、お前は― こりゃ、透子。
 人の話は最後まで聞け」

 斉上さんが私を好きだなんて言う、ボケ老人の話に付き合ってられるか。
 


 戸口で振り向き、投げやりに言う。

「お祖父ちゃん。私、もう出かけるから」

「忠尚とか」
「そう言ったじゃない」

 何故か、公人はあまり好ましくない顔をした。

「気をつけろよ、透子」
「なにを?」

 公人は、深い吐息を漏らす。

「わしゃあ、お前が心配なんじゃ。
 どうもこう、ぼーっとしとるというか、警戒心が薄いというか。

 純潔を守って、一生、龍神様の巫女でいるんじゃろうが」

「お祖父ちゃん……忠尚と行くんだけど」

「わかっとるわかっとる。
 いいから、早よ行け」

 公人は、しゃきっとしない孫娘を、煩そうに手で追い払った。

 なによ、もう……。

 透子は不可解な公人の言動に、まだ首を捻りながら、居間を出ていった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

【完結】パンでパンでポン!!〜付喪神と作る美味しいパンたち〜

櫛田こころ
キャラ文芸
水乃町のパン屋『ルーブル』。 そこがあたし、水城桜乃(みずき さくの)のお家。 あたしの……大事な場所。 お父さんお母さんが、頑張ってパンを作って。たくさんのお客さん達に売っている場所。 あたしが七歳になって、お母さんが男の子を産んだの。大事な赤ちゃんだけど……お母さんがあたしに構ってくれないのが、だんだんと悲しくなって。 ある日、大っきなケンカをしちゃって。謝るのも嫌で……蔵に行ったら、出会ったの。 あたしが、保育園の時に遊んでいた……ままごとキッチン。 それが光って出会えたのが、『つくもがみ』の美濃さん。 関西弁って話し方をする女の人の見た目だけど、人間じゃないんだって。 あたしに……お父さん達ががんばって作っている『パン』がどれくらい大変なのかを……ままごとキッチンを使って教えてくれることになったの!!

横浜で空に一番近いカフェ

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 大卒二年目のシステムエンジニア千晴が出会ったのは、千年を生きる妖狐。  転職を決意した千晴の転職先は、ランドマークタワー高層にあるカフェだった。  最高の展望で働く千晴は、新しい仕事を通じて自分の人生を考える。  新しい職場は高層カフェ! 接客業は忙しいけど、眺めは最高です!

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。 ……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。 小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。 お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。 第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。

処理中です...