冷たい舌

菱沼あゆ

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謀略の見合い

願掛け

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 青龍神社の母屋のダイニングは、リビングと続きになっている。

 リビングスペースには大画面のテレビと、それを取り囲むようにL字型のソファがある。

 その後ろには八人掛けのダイニングテーブル。

 この家の何もかもが大家族用なのは、子どもの頃から常に和尚と忠尚が入り浸っているせいだった。

 透子の父大河は普通の職にもついているが帰りが早いので、夕食もいつも早い。

 透子が帰ってから今まで顔を合わせないようにしていたせいで、潤子の愚痴が、一気に噴き出していた。

「まーったく何考えてんのよ、あんたは。
 義隆さんだって、お見合いの相手捜すの大変だったのよ」

 小柄で少しふっくらとした潤子は、透子とはあまり似ていない。

「なによ。
 お母さんたちが頼むから悪いんじゃない」

「なに言ってんのっ。
 もうお祖母ちゃんは居ないんだからね。

 あんたが龍神様、龍神様言ってても、誰も聞いちゃくれないのよ。

 だいたい、託宣ができてたころだって、祭りの日に雨が降るだの、どこそこの誰が死ぬだの、役に立つことなんか言ってなかったじゃない」

「……役に立たないってね」

「だって、わかったところで、どうしようもないことじゃない」

 こういう潤子の潔いところは嫌いではないのだが――。

 しかし、普通の家から嫁に来たとは言え、この村の出身のはずなのに、此処まで龍神を舐めくさっていていいものだろうか、といっそ感心しながら、透子は母を見る。

「そういえば、春日さん、ベンツでいらしたんですって?
 やっぱり、お金持ちなのねー」

「でも、あのベンツより、私のカウンタックの方が高いもん」

 その言葉に、大河が項垂れる。

「まったく、お前は。母さんが残した遺産をあんなものに使いおって」

 一昨年の秋、薫子の遺言で、彼女が生家から持ってきていた手付かずの持参金すべてが、透子一人に譲り渡されたのだ。

 透子を跡取りと見込んでの、一代飛ばした税金対策、ということに表向きはなっていたが、本当は違う。

「母さんは自分が願掛けしたせいで、お前が龍神の巫女になったことを悔いていたんだ。

 あの金は母さんのお前に対するせめてもの罪滅ぼしだったんだろうに」

「何も、お祖母ちゃんが悔いることなんかないじゃない。
 私はこれで満足してるんだから」

 口を開きかけた大河の言葉を塞ぐように透子は早口に言った。

「それに、カウンタックと龍也の車買った以外のお金は、お母さんたちにあげるって言ってるじゃない」

 透子は服装も生活も地味ではないが、特にお金に執着のある方ではない。

 あれば使うし、なければ使わない。
 それだけのことだ。

 それに――

 お金で手に入る一番欲しいものはもう手に入れた。

「そうは言っても、維持費もかかるだろうが、あの車は。
 ちゃんと無駄遣いしないで、取っておかないと」

 大河とともに、潤子も娘の提案を即座に却下する。

「そうよ。
 いらないわよ、そんなもの。

 そんなことより、それ持参金にして、さっさと嫁に行っちゃってちょうだい」

「どうしてそんなに私を追い出したいのよ」

 そういうわけじゃないけど? と潤子は肩を竦めて言った。

「放っといたら、あんた行かず後家の巫女さんで終わっちゃいそうなんだもん。

 そんな小姑がいる家に誰もお嫁になんか来てくれないわ。龍也が可哀想」

 ひどい言い草だ。
 そう思ったとき、開け放たれた縁側の方から声がした。

 黒いリュックを手にした龍也が立っていた。

「俺は此処継がねえって言ってるだろ?
 小姑が居ようと居まいと関係ねえよ」

 透子によく似た繊細な美貌を持つ弟は、偉そうな態度で入ってくると、ソファにリュックを投げた。

 別にどっちが継いでくれてもいいわよ、と潤子は溜息を漏らす。

「二人とも結婚してくれればね。

 透子は龍神様、龍神様。あんたは、バンド、バンドって、二人とも地に足がついてないんだから」

「ちょっとお母さん。
 私の龍神様と、龍也のバンド一緒にしないでよ。

 だいたい私、一回見に行ったけど、こいつのバンドなんて、メンバーの顔だけで持ってるようなもん―― いてっ」

 後ろから肘でどつかれた。

「お前だって、顔で客呼んでるだけの御神楽だろうが、透子」

「龍也、おねえちゃんを呼び捨てにするんじゃありませんって何度言ったらわかるの?」

 すみませんねえ、と龍也は気のない声で返事をしながら、ソファを跨ぐと、自分の椅子を引く。

「おねえさまのあまりの美しさに、とても姉だと思えないんですよ。

 そうだ、透子。
 忠尚にいい加減、DVD返せっていっとけ」

「DVDって、何のDVDよ」

「……お前は知らなくていいDVDだ」

「やあね、あんたたち、そういう趣味だけ、合ってるんだから」

 潤子さん、とようやく公人が口を差し挟む。

「透子はこの八坂の巫女なんじゃから。
 そこのところを」

「やあだ、おじいちゃんったら。
 まーた、そんな古臭いこと言っちゃってえっ」

 あははーと笑いざま背中をはたかれ、咳き込んでいた。

 往年の能力者も形無しね……。

 ごちそうさまー、とそそくさと自分の食器を重ねて立ち上がる。

 すぐさま、見逃さない潤子の鋭い声が飛んだ。

「ちょっと!
 あんた、後から春日さんにお詫びの電話かけておきなさいよ!

 そこのテーブルの上に、釣書があるから」

「あっ、いっけなーいっ。
 参拝の時間だっ、和尚に怒られちゃうっ」

 逃げるように走り去る透子の背に向かい、潤子は叫んだ。

「もう~っ。
 和ちゃんも忠ちゃんも透子を引っ張り回してっ。

 どっちか責任とってくれるんならまだしもっ」

 縁側に出ても、まだ潤子の声が響いていた。


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