冷たい舌

菱沼あゆ

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謀略の見合い

魔王の到来

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 砂利を跳ね飛ばしながら、突っ込んできたのは押し潰したように車高の低い、真っ赤な車。

 夏の光を浴びて輝くその車は義隆たちの目の前を猛スピードで駆け抜ける。

 少し行ったところで、いきなりスピンしたのかと思ったら、そうではなく、大きくテールを振って、綺麗に駐車スペースに収まった。

 いわゆるドリフト駐車だが、もちろん、そんなことは義隆にはわからない。

 エンジン音が途切れると、閑寂な寺の駐車場には、ただカンカンという微かな金属音だけが残る。

 舞い上がった土埃の向こうの、その威圧的な車体を見て、春日は小さく呟いた。

「まさか……
 ランボルギーニ カウンタック?」

 それは、昔、一世を風靡したスーパーカーの中でも、魔王と呼ばれた車だった。

 そのとき、ドアが跳ね上がった。ガルウイング式になっているドアの片羽根と車体の細い隙間から、場違いに愛らしい掛け声とともに、長い脚が覗く。

「ご、ごめんなさいっ、おじ様っ。
 遅くなっちゃって」

 現れざま、可愛らしく顔の前で手を合わせたのは、真っ白なワンピースを着た透子だった。

 幼さの残る小さな顔に、切れ長の目が印象的だ。

「透子ちゃん~っ?」

 睨んだ義隆に、苦笑いして透子が後ずさったとき、反対側のドアが跳ね上がり、茶髪に近い頭の坊主が降りてきた。

「せっかく来てもらったのに、すみませんねー。
 透子は見合いなんかしないんだってさーっ」

 忠尚~っ!

 この馬鹿息子っ!

 義隆は手にしていた扇子を叩き降りそうになった。

 だが、そんな義隆に更に止めを刺す声がした。

「退けっ、忠尚」

 ドアの側に立っていた忠尚が遠くへ蹴り飛ばされる。

 車の下から法衣をはたきながら、顔を出したもう一人の息子に、義隆は気を失わんばかりになった。

「和尚……お前まで」

 考えなしで子供のようなところのある忠尚とは違い、和尚は短慮に走って、こんなことをするような子ではない
 ―― はずだった。

 なんと春日に詫びようかと振り返ったが、彼は溜息を漏らしながら、透子のカウンタックに近寄る。

「本物だ……クアトロバルボーレですね」

 腰を屈めたりしながら、あの忌々しい赤い車を眺めている春日に、透子は手を打ち、笑いかける。

「もしかして、お好きなんですか!? カウンタック」

 跳ね上がった透子の声に、春日は嬉しそうに言った。

「この後ろの窓の近くに、でっぱりがあるのって、クアトロバルボーレと、後継者のアニバーサリーだけですよね。

 アニバーサリーはそれまでとは全体的に違いますから、絶対、クアトロバルボーレだと思ったんですよ」

「わあ、そんな詳しい人に会えて嬉しいですー。
 和尚たちとは話が合わなくて」

「……後ろに書いてあんじゃねえかよ、クアトロバルボーレって」

 いちゃもんをつける忠尚には構わずに透子たちはきょうに乗ってきたようだった。

「他のランボルギーニはたまに見るんですが、カウンタックはこんな間近で見たことなくて」

「最早、骨董品ですよね~っ」

 長身の透子と春日は、傍で見ていても様になっている。

 義隆は二人が何を話しているのかさっぱりわからないながらも、ざまあ見ろ、馬鹿息子どもと、やけのように笑っていた。
 
 

 熱いカウンタックの天井で頬杖をついていた忠尚は、ふてたように透子たちを見ていた。

「この馬鹿。調子よく乗せられてんじゃねえか。

 やっぱ、戻ってくるんじゃなかったな、和尚。

 ――和尚?」

 振り返ると、和尚は木陰の石段の方に向かっていた。

「おい、何処行くんだよ?」

 足を止めた和尚は、
「もう用はすんだだろ」
と、つれなく言い放つ。

「俺は透子が嫌がってたから、協力してやらなきゃいけないかと思っただけだ」

 石段を覆う緑の陰に消えてしまう兄を見ながら、忠尚は一人ごちた。

「ちぇっ、かわいくねえの!」

 そのとき、透子の叫び声が上がった。

「やだっ、忠尚っ。車に指紋つけないでよっ。それ磨くの大変なんだからっ」

 忠尚は、なおもへばり付いたまま、うるせえっと怒鳴り返す。

「俺、お前が磨いてんの見たことねえぞっ。
 磨いてんの、いつも俺たちか龍也たつやじゃねえかっ!」

 龍也というのは透子の弟だ。

 あら、そうだったかしら、と透子は誤魔化すように艶やかに笑ってみせる。

 それを見ていた春日も微笑み、なんだか二人の息が合っているように見えて、忠尚はますます機嫌を悪くした。


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