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アキの秘密

アキが私を呼んでいる……っ

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「……今日も水炊きか」
とアキの祖父に文句を言われながら、祖母は土鍋を茶の間に運んでいた。

 が、なにかの気配を感じ、振り返る。

 障子越しに、花嫁のれんのある蔵の方を窺いながら言った。

「アキが私を呼んでる気配がするわっ!」

 だが、チラと彼女を見上げたちゃぶ台の前の祖父は、

「……むしろ、今まで呼ばなかったのがすごいのう」
と呟き、茶を啜っていた。



 アキが迷いの森まで駆けていき、イノシシを軽くフリーズドライして担いで帰ってきたときには、もう炊き出しが始まっていた。

「なんといういい匂いですかっ、イラーク様!

 この匂いにつられて地下から魔王っぽいものが立ちのぼってきたりしませんかねっ?」
と感激のあまり言って、

「煙か」
と王子に言われたが。

 魔王っぽいものという言葉のせいか、アキの頭の中では、アラジンと魔法のランプ的なものが地の底から立ちのぼっていた。

 イラークは野外に設置されたテーブルで料理を盛り付けながら、こちらを見、

「……ざく切りにしてから、フリーズドライにしろと言っただろう」
と文句を言ってくる。

「いや~、ものすごい勢いで突進してこられたので、思わず、そのままフリーズドライに」

 苦笑いするアキの後ろには、駆けている姿のままフリーズドライになったイノシシが二頭いた。

 もう一頭を馬から降ろしながらラロックが、
「剥製みたいですよね」
と言う。

 イラークは渋い顔でそれらを見ながら、
「……どう調理しろと言うんだ。
 リバースか湯で戻したら、また駆け出していくんじゃないのか?」
と躍動感あふれるフリーズドライに文句を言いながらも、

「まあいい、とりあえず食べろ」
とお椀に入ったスープを配給してくれた。

 アキは渡された軽い木製の器を鼻先に持っていく。

 野菜たっぷりのチキンスープから立ちのぼる湯気の匂いを嗅いだ。

「ああ、いい香りですね~。
 実は、例の真っ赤なスープが出て来たらどうしようとか思ってたんですが」

 そう笑いながら、近くの岩場に腰を下ろそうとすると、ラロックが淡いピンクの薄布を敷いてくれた。

「ありがとう、ラロック」
と微笑むと、

「いえ、ホンモノの騎士としては当然の行いです」
とラロックも微笑み返し言ってくる。

「待て」
 そこにイノシシを抱えた王子が現れた。

「おかしくないか? ラロック。

 何故、俺がイノシシを運んでいて。
 お前がアンブリッジローズに布を敷いてやっている」

 イラークに言われて、イノシシを移動していた王子は、ホンモノの王子になり損ねたようだった。

 だが、ラロックは、しゃあしゃあと言ってきた。

「申し訳ございません、王子。
 私、ホンモノの騎士なので、レディが岩場に座ってドレスを汚すのを見過ごせませんでした」

「……ホンモノの騎士なら、まず、仕えている王子が重いもの抱えてたら手伝えよ。
 っていうか、王子に花持たせない奴の何処がホンモノの騎士なんだよ」

 まあまあ、とアキは友人ふたりのいさかいに割って入った。

「王子。
 威張り散らさず、命じられたら、自らサッと動く王子は素晴らしいと思いますよ」

 すると、王子がちょっと嬉しそうな顔をした。

 ……いさかわないように、いつもより大袈裟に褒めてみただけなんだが。

 そんな顔されたら、可愛いとか思ってしまうではないですか、と照れながらも、ラロックにもフォローを入れておく。

「ラロック様は、ホンモノの騎士で、ホンモノのデザイナーですよ。
 私がというより、ドレスが汚れるのを気にされたんですよね、きっと」

 そうまとめたあとで、アキは問題の岩場に腰掛けながら、
「あら、スプーンがない」
と言ってみた。

 さっきからスプーンがないことに気づいていたのだが、話題を切り替えるため、わざわざ口に出して言ってみたのだ。

 すると、横から手が出て、
「はい」
と木のさじを渡される。

「ありがとう、おばあちゃん」

 アキは微笑んで受け取ったあとで、
「おばあちゃんっ?」
と二度見する。

 いつの間にか、スープ碗を手にした祖母が横の岩に腰掛けていた。

 いや、祖母といっても、ぱっと見、ちょっと老けたコギャルにしか見えないのだが……。



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