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酔って蔵に入ったら、異世界に飛んでいました
HPとMPが全回復しそうないい宿だ
しおりを挟むアキが案内された部屋に居ると、誰かが扉を叩いた。
「はい」
と振り返ると、王子が扉を開ける。
「どうだ。
部屋に不満はないか」
「はい。
寝て起きたら、HPとMPが全回復しそうないい宿ですね」
と思わず言ってしまい、なんだそれはという顔をされる。
いや、RPGに出てくる町の宿屋みたいに素朴な感じだという意味だ。
だが、アキにはそれが新鮮だった。
開いたままの扉のところに、ミカが現れる。
「失礼します。
予備の毛布をお持ちしました」
「そんなに寒くないぞ」
王子がそう言うと、ミカは苦笑した。
「いえ、兄が、
『あんなこと言っていたが、王子もあの部屋に泊まるかもしれないから持っていけ』
と言っておりまして」
「いや、泊まらない。
大丈夫だ」
そこで、王子はこちらを振り向き言ってくる。
「だか、お前がどうしてもと言うのなら、泊まらないこともない」
「いえ、結構です」
「お前がどうしてもと言うのなら……」
「いえ、結構です」
この毛布、どうしたら、とミカは入り口で困っていた。
そっと置いて逃げようかなと思う前で、わあわあと王子とアンブリッジローズ姫が揉めている。
「わかった、もういいっ」
と子どものようなことを言って、王子は出て行った。
「ミカ!
毛布は戻しておいてくれていいからなっ」
とすれ違いざま言ってくる。
だが、ミカは、はい、と言いながら、毛布を戻さずに、ベッドの足許の棚に置いた。
王子はチラとそれを見たが、なにも言わなかった。
アンブリッジローズは、ええ~? という顔をしていたが、これもまた、なにも言わなかった。
こちらは、話がめんどくさくなるのを避けたかったからだろう。
淡い薔薇色のシンプルなドレスを着ているアンブリッジローズは、その名前の通り美しい姫だった。
それでいて、気さくな感じがする。
「アンブリッジローズ様」
とミカはおずおずと彼女に声をかけた。
「王子はご自分からは、あれ以上言ってこられないと思いますよ。
少々照れ屋で、それでいて頑固な方だから」
「いいの。
ひとりで寝た方が楽だし。
どんな感じにでも寝られるから」
と王子が消えた扉の方を見ながら、アンブリッジローズは笑う。
どんな感じに寝るつもりなんだろうな……と思いながらも、そうですか、と言って去ろうとしたとき、アンブリッジローズが言ってきた。
「ミカさんは王子のことをよくご存じだけど、王子は昔からよく此処に来るの?」
「ええ。
子どもの頃からよくいらっしゃってますよ。
兄がこの町に帰ってくる前から」
「お兄様はなにか武者修行の旅でも?」
武者修行……と苦笑いしたあとでミカは言った。
「王宮で料理など作っていたようです」
なるほど、とアンブリッジローズは頷く。
「それで王族にお兄様の料理のファンが多いのね。
楽しみだわ」
「アンブリッジローズ様のお口に合いますかどうか」
とミカは照れたように俯き言った。
ミカさんが心配しているのとは、逆の意味で口に合わないかもしれないんだが……。
ミカの言葉を聞きながら、アンブリッジローズこと、アキは思っていた。
「アンブリッジローズ様はどのようなものがお好きでらっしゃいますか?」
とミカに問われ、
「ああ……。
焼き鳥とか?」
と思わず言っていた。
頭の中では赤提灯がぶら下がり、香ばしいタレの匂いがして、日本酒が入ったグラスが升の中でよく冷えていた。
「そうですか。
では、兄にそう伝えておきます」
と言って、ミカは下りて行こうとする。
「待って」
とアキはその肩をつかんだ。
「あるの? 焼き鳥。
ああ、焼いた鳥か」
と呟くと、
「タレがいいですか?
塩ですか?」
とミカは訊いてくる。
「ええっ?
もしかして、本当に焼き鳥っ?」
いやいや、七面鳥みたいなのに、タレがかかったり、塩が振ってあったりするのかもしれん、と思ったが、
「ねぎまやつくねもありますよ」
と言われる。
「本当にあるのっ?
異世界にも焼き鳥っ」
そう叫んでしまったあとで、あ、しまった、と思う。
異世界とか言ってもわからないかと思ったのだ。
だが、ミカは、
「この宿、異世界の方もよくいらっしゃるんですよ。
焼き鳥を頼まれる方は、日本酒が呑みたいと言われるんですけど。
それはさすがにないんですよね」
と言い、笑った。
「どうした、機嫌がいいではないか」
アキが夕食どきに下に下りようとしたとき、あの長髪の騎士が話しかけてきた。
「いえ、ミカさんが夕食のメニューに焼き鳥を加えてくださるとおっしゃってたんで」
「そうか。
焼き鳥か。
私は初めて食べるな」
「そういえば、お名前はなんとおっしゃるんですか?」
「私か。
私はラロックだ」
「ラロック様」
「様はいい。
お前は一応、王子の花嫁となるのだろう。
ラロック中尉と呼んでくれ」
そう騎士は言った。
「中尉なのですか」
「うむ。
そういうことにして、王子の警護という感じで、王子の側に居る王子の友人だ」
立派な騎士の格好をしたラロックはそんなことを言い出す。
ん?
「私は軍に居るわけではない。
子どもの頃から王子の遊び相手として側に居るのだ。
この年になって遊び相手というのもおかしいので、こういう扮装をして、王子の側に居る」
……扮装なんですね。
よくわからない国だ……と思いながら、二人で食堂に下りた。
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