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弐 当たりクジ
賢明なる部下は言葉を呑み込んだ……
しおりを挟む確かこの先に二十四時間スーパーがあったよな、と思いながら、倫太郎は夜道を急ぎ、走っていた。
ちょっと時間の流れが違うので、変なタイミングで戻ってしまって、
「あ~、もうこっちは朝になっちゃいますよ~」
と言われかねないからだ。
暗闇に煌々と光を放つチェーン店のスーパーの明かりにホッとしながら入る。
えーと、小麦粉と黒蜜……
そんなもの何処にあるんだ。
店員に訊くべきか?
と思ったが、広いスーパーの中、すでにレジは遠く。
時間が時間なので、あまり従業員もいない。
ウロウロしていたら、前からカゴを手にした男がやってきた。
私服だが、コートが職場で着ているのと同じなので、そんなに印象は違わない。
「冨樫……」
社長、と呼びかけてきた冨樫は、
「スーパーなんかでなにしてるんです」
と訝しむように言ってきた。
「いや……、スーパーくらい来るだろうよ」
と言いはしたが。
実際のところ、ちょっとした買い物ならすべてコンビニで済ませてしまうので、あまり来ることはなかった。
こうして広い店舗の中で商品を探し回らなくていいからだ。
最近のコンビニ、シャツにパンツに洗剤に延長コードまでなんでもあるしな、と思っていると、
「なに買いに来たんですか?」
と訊かれた。
カゴすら持っていないからだろう。
「……小麦粉を」
「小麦粉はあっちですよ」
「それと、黒蜜」
「なに作るんですか、こんな時間に。
……もしや、風花が買って来いと言ったとか?」
「そんなことはないが、あとボウルとお玉と菜箸。
あれば、フライ返しもだそうだ」
「明らかに誰かに頼まれてますよね」
と冷ややかに言いながらも、こっちです、と冨樫が案内してくれた。
レジを通ったあと、倫太郎が買い物袋を持ってなかったので、冨樫が折りたたんで持っているというビニール袋をひとつくれようとした。
だが、
「ボウルが大きいし、ダンボールの方がいいですかね?」
と言って、冨樫はたたまれたダンボールを持ってきた。
ガムテープで貼って作ってくれる。
「ほう。
買い物袋がないときは、そんな風にするのか」
「社長はほんとうに普段の生活では……」
のあとの言葉を冨樫は飲み込んだ。
なんだろうな。
駄目人間ですね?
使えませんね?
どちらにしても、ロクな言葉じゃなさそうだ、と思いながら、倫太郎はボウルや小麦粉を放り込んだ小さなダンボールを抱えようとしたが、冨樫が横から、
「持ちましょう」
と言ってくる。
「いや、いい。
今、そんなことする必要はない。
勤務中じゃないし」
いや勤務中でも社外の人間の目がないときは、いちいち人に物を抱えさせたりはしないのだが。
「しかし、驚きですね。
風花、料理とかするんですね」
「するわけないだろう」
「じゃあ、社長がやるんですか?」
「……みんなでやろうかと思って。
っていうか、料理、普段やってる人間が、今、ボウルや菜箸買ってこいとか言わないだろ」
そりゃそうですね、と言う冨樫に、
「お前も来るか?」
と訊いてみる。
「みんなって言ってましたね。
今からパーティでもやるんですか?
明日も仕事ですよ」
「いや、駄菓子屋で、ちょっと文字焼きを焼いてみるだけだ。
江戸時代からある、もんじゃ焼きの元祖らしいんだが」
と言って、
「副業に熱心ですねえ。
あんなことやってるなんて初めて知りましたが。
確定申告はされてますか」
と言われた。
何処の税務署に申告しろと言うんだ、と思う倫太郎の頭の中では、税務署のカウンターに狸が立っていた。
「ああ、いや、あれは風花の店なんですかね?」
とちょっと考えながら、冨樫が訊いてきた。
「いや、壱花は店長代理だ。
俺も雇われ店長。
バイトみたいなもんだ。
オーナーは別にいる」
と言うと、へえ、と冨樫は驚いたようだった。
「社長が人に使われて平気な人だとは思いませんでした」
おい……。
「余程、駄菓子がお好きなんですね」
「いや、嫌いだが」
と言ったあとで、沈黙が訪れる。
じゃあ、なんでやってるんだと思われたのだろう。
「……まあいい。
ちょっと店に来てみるか?
そうだ。
お前、今、疲れてるか?」
と問うて、は? と言われる。
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