124 / 125
ささやかなる結婚
唐突な告白
しおりを挟む帰りの車で駿佑が訊いてきた。
「ほんとうに指輪、もうひとつ買わなくていいのか?」
「はい。
この指輪、課長と買いに行ったの、いい思い出なんで。
ずっとこれ、はめてたいです」
万千湖は可愛いハートがティアラに見える指輪を眺める。
夜の街の光に指輪の石が煌めいていた。
すると、信号は赤なのに前を向いたままの駿佑が言ってきた。
「だから、もう一個買ってやろうと言っている。
そしたら……その指輪を二人で買いに行った思い出も、お前の指に、はまるだろ?」
思い出のつまった指輪をひとつずつ。
何故か、付き合ってもないのに買ってもらった指輪と。
婚約指輪と。
結婚指輪と。
二人の歴史と思い出を重ねるように――。
「お前の指全部に、俺との思い出の詰まった指輪をはめたい」
「……じゃあ、やっぱり、アラブの王様になるしかないですね」
万千湖は駿佑に向かい、微笑んでみせた。
それに引かれたように、こちらを向いた駿佑と視線がぶつかる。
駿佑の顔が近づいた、と思ったとき、信号が青になった。
また駿佑は普通に運転をはじめる。
……えーと、今のは、と思う万千湖に駿佑が言った。
「結婚式まであと少しだな」
「そ、そうですね」
「夢のようだな」
棒読みなんですけど。
なにがどのように夢のようなのですか。
悪夢ですか……?
とネガティブになりかけながら万千湖は、こちらを見てはくれない駿佑の整った横顔を見る。
……いや、運転中なので見てなくて当たり前なのだが。
「結婚式までに、お前と一度も触れ合っていないというのは問題がある、とずっと思ってたんだが。
何故だか、なにもできなかった。
それどころか、お前を名前で呼ぶこともできない。
何故なのか、ずっと考えてたんだ」
駿佑はそのまま、黙って運転している。
なにを考えてたんですかっ。
どのように考えてたんですかっ。
私は、今、ここに座ってても大丈夫ですかっ。
緊張のあまり、万千湖の頭の中が暴走しかけたとき、駿佑が言った。
「……お前のことが好きすぎるからかな、と思ったんだ」
「え?」
「お前が可愛すぎるから、なにもできないのかな、と」
俺なんかが触れてはいけないような気がして、と駿佑は言う。
「……お前と暮らすようになって、お前を好きだと思う瞬間が増えた」
白雪、と駿佑はこちらを見ないまま呼びかけてくる。
「お前は、俺が生きてきたのとは全然違う世界をいつも見せてくれる。
俺はお前と会ってはじめて。
何処までもエンガワだけを食べていいと知った」
いや、いいかどうかは知りませんが……。
回転寿司では、大将に遠慮せず選んで食べていいと思いますよ……。
「幸せになれとお前はお前のファンに言った。
俺はお前のファンじゃないと言ったが。
よく考えたら、寝る前、いつもお前の動画を見ている」
俺もお前のファンかもしれない、と駿佑は言う。
5
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる