123 / 125
ささやかなる結婚
万千湖の悪夢
しおりを挟むベッドに入った万千湖は、何故っ!? という顔をしていた駿佑を思い出しながら、うとうとしていた。
すると、ゆっくりとドアが開く音がする。
夢うつつな万千湖の頭の中で、B級ホラーに出ていたホラーな隣人のおねえさんが、ドアを開けてクネクネダンスを踊ってた。
うなされかけた万千湖だが、微かに部屋の中を照らす灯りに目が覚める。
万千湖は見た。
額に登山用のヘッドライトをつけた人影を。
それは、夜這いに来た駿佑だったのだが、万千湖は悲鳴を上げた。
すぐに駿佑の姿は消えた。
ドアも閉まっている。
なに今の、夢?
夢……
そうか、夢か。
新築の家なので、ドアは軋みもせず、開け閉めされ、より一層、夢感を醸し出していた。
「なんか昨夜、恐ろしい歯医者の夢を見ました」
駿佑が焼いてくれたトーストを齧りながら朝、万千湖は言った。
「……歯医者の夢?」
万千湖が焼いてみた形のよくない目玉焼きを食べながら、駿佑が訊き返してくる。
「額に歯医者さんのあれをつけた課長の夢です。
出張して、私のところまで、治療しに来てくれるんです」
「そうか……」
「おかしな映画見たからですかね?
あっ、すみませんっ。
面白かったです、映画っ」
課長が選んだB級ホラーを面白くなかったとか言っちゃ申し訳ないな、と万千湖は謝ったが。
何故か、駿佑の方が申し訳なさそうな顔をしていた。
その日一日、駿佑はやさしかった。
たまたま近くに立っていたからかもしれないが、車のドアを開けてくれて。
たまたま昼休み、通りかかったからかもしれないが、ランチに誘ってくれて、おごってくれて。
帰りには、たまたま通りかかったからかもしれないが、わざわざコンビニに寄って、万千湖の好きなカフェラテを買ってくれた。
課長と結婚できるだけでも夢のようなのに。
今日、課長がすごくやさしい気がする。
信じられないっ、こんなことがあるなんてっ。
もしかして、今までのすべてが夢なんじゃっ、と万千湖は勝手に不安になっていた。
雁夜などが聞いていたら、
「駿佑、今まで君に、どれだけ塩対応だったの……?」
と言ってきそうだったが。
次の日の昼も万千湖は悩んでいた。
よく考えたらおかしくない?
課長みたいな人が私と見合いしたり、家買ったり、結婚しようとしたり。
壮大なドッキリなのではっ!?
と黒岩が聞いていたら、
「ただの素人になったお前にドッキリ仕掛けて、なんのメリットがあるんだ」
と言ってきそうなことを思っていた。
今日は久しぶりに万千湖が作った冷凍食品弁当があったので、小会議室でみんなでご飯を食べていた。
瑠美が二人のお弁当を覗き込んで言う。
「あっ、手作りらしきおかずが増えてるじゃないっ」
「……課長が作った昨日のおかずを詰めたんです」
手の込んだ愛妻弁当とか作ってみたいのだが。
前より出勤時間が早くなってしまったので、朝はより、てんてこまいになってしまっている。
課長に完全手作り弁当を作るには、休みの日に作るしかないっ、と料理に関しては要領の悪い万千湖は思っていた。
休みの日にお弁当か。
……遠足にでも行くしかないか。
っていうか、家の前がすでに遠足というか。
そんな山の中だからな、と万千湖が思ったとき、綿貫が笑って言ってきた。
「結婚式、楽しみだね。
そういえば、最初に新郎新婦の略歴紹介したりするじゃん。
『新婦の万千湖さんは、ご当地アイドルに就職され』とか言うのかな」
そこで、雁夜がこちらを見て涙ぐむ。
アイドル時代の万千湖を思い出し、
あのマチカが結婚か、と親のような気持ちになっているようだった。
そこで、ふと気づいたように瑠美が言い出した。
「そういえば、課長と結婚するのなら、もう課長に借金返さなくていいじゃん」
「い、いえいえ。
それはそれ、これはこれです」
と万千湖が言うと、駿佑は、
どれがどれだっ!?
という顔をする。
他人行儀だな、と思っているようだったが。
いや、まあ、それはそれですよ、と万千湖は思っていた。
なにかこう……
課長と結婚するって実感が、まるでないですしね、と。
4
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす
和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。
職場で知り合った上司とのスピード婚。
ワケアリなので結婚式はナシ。
けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。
物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。
どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。
その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」
春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。
「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」
お願い。
今、そんなことを言わないで。
決心が鈍ってしまうから。
私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。
⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚
東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家
⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる