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ささやかなる結婚
万千湖の悪夢
しおりを挟むベッドに入った万千湖は、何故っ!? という顔をしていた駿佑を思い出しながら、うとうとしていた。
すると、ゆっくりとドアが開く音がする。
夢うつつな万千湖の頭の中で、B級ホラーに出ていたホラーな隣人のおねえさんが、ドアを開けてクネクネダンスを踊ってた。
うなされかけた万千湖だが、微かに部屋の中を照らす灯りに目が覚める。
万千湖は見た。
額に登山用のヘッドライトをつけた人影を。
それは、夜這いに来た駿佑だったのだが、万千湖は悲鳴を上げた。
すぐに駿佑の姿は消えた。
ドアも閉まっている。
なに今の、夢?
夢……
そうか、夢か。
新築の家なので、ドアは軋みもせず、開け閉めされ、より一層、夢感を醸し出していた。
「なんか昨夜、恐ろしい歯医者の夢を見ました」
駿佑が焼いてくれたトーストを齧りながら朝、万千湖は言った。
「……歯医者の夢?」
万千湖が焼いてみた形のよくない目玉焼きを食べながら、駿佑が訊き返してくる。
「額に歯医者さんのあれをつけた課長の夢です。
出張して、私のところまで、治療しに来てくれるんです」
「そうか……」
「おかしな映画見たからですかね?
あっ、すみませんっ。
面白かったです、映画っ」
課長が選んだB級ホラーを面白くなかったとか言っちゃ申し訳ないな、と万千湖は謝ったが。
何故か、駿佑の方が申し訳なさそうな顔をしていた。
その日一日、駿佑はやさしかった。
たまたま近くに立っていたからかもしれないが、車のドアを開けてくれて。
たまたま昼休み、通りかかったからかもしれないが、ランチに誘ってくれて、おごってくれて。
帰りには、たまたま通りかかったからかもしれないが、わざわざコンビニに寄って、万千湖の好きなカフェラテを買ってくれた。
課長と結婚できるだけでも夢のようなのに。
今日、課長がすごくやさしい気がする。
信じられないっ、こんなことがあるなんてっ。
もしかして、今までのすべてが夢なんじゃっ、と万千湖は勝手に不安になっていた。
雁夜などが聞いていたら、
「駿佑、今まで君に、どれだけ塩対応だったの……?」
と言ってきそうだったが。
次の日の昼も万千湖は悩んでいた。
よく考えたらおかしくない?
課長みたいな人が私と見合いしたり、家買ったり、結婚しようとしたり。
壮大なドッキリなのではっ!?
と黒岩が聞いていたら、
「ただの素人になったお前にドッキリ仕掛けて、なんのメリットがあるんだ」
と言ってきそうなことを思っていた。
今日は久しぶりに万千湖が作った冷凍食品弁当があったので、小会議室でみんなでご飯を食べていた。
瑠美が二人のお弁当を覗き込んで言う。
「あっ、手作りらしきおかずが増えてるじゃないっ」
「……課長が作った昨日のおかずを詰めたんです」
手の込んだ愛妻弁当とか作ってみたいのだが。
前より出勤時間が早くなってしまったので、朝はより、てんてこまいになってしまっている。
課長に完全手作り弁当を作るには、休みの日に作るしかないっ、と料理に関しては要領の悪い万千湖は思っていた。
休みの日にお弁当か。
……遠足にでも行くしかないか。
っていうか、家の前がすでに遠足というか。
そんな山の中だからな、と万千湖が思ったとき、綿貫が笑って言ってきた。
「結婚式、楽しみだね。
そういえば、最初に新郎新婦の略歴紹介したりするじゃん。
『新婦の万千湖さんは、ご当地アイドルに就職され』とか言うのかな」
そこで、雁夜がこちらを見て涙ぐむ。
アイドル時代の万千湖を思い出し、
あのマチカが結婚か、と親のような気持ちになっているようだった。
そこで、ふと気づいたように瑠美が言い出した。
「そういえば、課長と結婚するのなら、もう課長に借金返さなくていいじゃん」
「い、いえいえ。
それはそれ、これはこれです」
と万千湖が言うと、駿佑は、
どれがどれだっ!?
という顔をする。
他人行儀だな、と思っているようだったが。
いや、まあ、それはそれですよ、と万千湖は思っていた。
なにかこう……
課長と結婚するって実感が、まるでないですしね、と。
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