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ささやかなる結婚

トゲトゲは愛の証

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「なんで、指輪断ったのよ。
 もらっときなさいよ~」

 昼休みが終わり、ロッカールームに向かうとき、瑠美がそう言ってきた。

「いや~、ありがたいんですけど。
 そんなにもらっちゃ申し訳ないですし。

 指輪あまりつけませんしね」

「もらっときなさいよ~。
 きっと指輪の数は、課長の不安の数よ」
と安江が笑い、瑠美も笑った。

「そうそう。
 その指輪、きっと首輪的なものよ。

 あんたが何処にも行かないように」

 そうですか。
 何処にも行かないように。

 いや、行く予定ないんですけどね。

 でも、そうして、相手に首輪をはめたい気持ちはわかります、と万千湖は思っていた。

 だって、私も課長が何処かに行ってしまったら、嫌だから――。

 万千湖はまた頭の中で、駿佑にトゲトゲの首輪をはめそうになる。



 その日の夕食後、共有リビングで万千湖はぼんやりテレビを見ていた。

 駿佑は式の席順の紙を見て悩んでいるようだった。

 そんなに席順が難しくなるような招待客なのかな? と思っていたが。

 駿佑が悩んでいるのは別のことだった。

「課長」
と呼びかけると、駿佑が顔を上げる。

「課長もトゲトゲの指輪をはめてください」

 は? と言った駿佑が、

「何故、俺が指輪を……

 いや、結婚指輪ははめるつもりだが、トゲトゲはしてないぞ」
と言う。

 そうでしたね……と思う万千湖は昼間からずっと考えていた。

 首輪をはめないと、いつか課長が逃げてしまうのでは、と。

 首輪は無理だから、指輪。

 せめて首輪の代わりに指輪をして欲しい。

 トゲトゲの首輪の代わりに、トゲトゲの指輪を、と思って、そのまま言ってしまったのだ。

 でも、確かに指輪がトゲトゲしてたら痛いよな、と万千湖は思う。

 駿佑の薬指にはまったトゲトゲの指輪。

 駿佑の中指と小指が痛がっていた。

 ……全体にトゲトゲしてなくてもいいよな。

 万千湖は、トゲトゲを結婚指輪の内側に埋め込んでもらったサムシングブルーの青い石みたいに、内側につけてみた。

 ……痛くて指輪できないよな。

 トゲトゲを指輪の中に収納させてみた。

 普段はトゲトゲは引っ込んでいて、いざというときに飛び出てくる仕掛けだ。

 ……スパイ道具か。

 そして、いざというときって、いつなんだ。

 っていうか、いざというとき使っても、内側に向かって飛び出すのなら、自分が痛いだけだよな。

 そうだ。
 眠り薬を盛られた忍者がおのれの足に鋭い物を突き立て、目を覚ますみたいに。

 仕事中、眠くなったら、ピッとボタンを押すと、指輪の内側からトゲが飛び出し、チクッと指を刺すとか。

 ……よかった。

 ようやく、トゲが役に立った、と万千湖は、おのれが考えたトゲトゲ指輪が無事に駿佑の役に立ちそうで満足する。

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