118 / 125
ささやかなる同居
そんなこんなでなんとなく……
しおりを挟む節約すると言いながら、ランチに行ってしまうの何故なんだろうな。
引っ越してから冷凍食品弁当もまだ作ってないし、と思いながら、瑠美たちとロビーまで戻ってきた万千湖はエレベーターのところで駿佑と出くわした。
何故か、青ざめている雁夜と不安げな綿貫を連れている。
「あ、課長っ。
お疲れ様ですっ」
と万千湖は苦笑いしながら挨拶した。
また外に食べに行ってたのか、と言われそうな気がしたからだ。
「課長、さっき、中古車センターの前を通ったんですけど。
六万円の車はなくなって、八万円のが入ってましたよ。
六万円のよりは、ちょっと大丈夫な感じですかね?」
「……どの辺が大丈夫なんだ」
と呟いたあとで、駿佑が言う。
「白雪、その車は買うな。
もうすぐ保険会社の島谷さんが来る」
「え? はい」
「白雪……
ま」
ま?
「……ま、
結婚してくれ」
といきなり駿佑に手を握られた。
『ま』が気になって、結婚してくれも、手を握られたことも頭に入ってきませんっ、と思いながらも、万千湖は訊き返す。
「……何故ですか?」
結婚してくれに、何故ですか? はおかしいな、と思いながらも、言ってしまっていた。
あまりにも唐突すぎたからだ。
「もうすぐ、島谷さんが来るんだ。
結婚してくれ」
だから、島谷さん、誰なんですかっ!?
お会いしたことないんですけどっ?
何故、その人が我々の運命を握ってるんですかっ。
「……お前と見合いで出会って。
部長の顔を立てるため、三回、デートして別れようと誓って。
でも、鉄板焼きの店や、回転寿司や古書店に行きながら。
どれもデートにカウントしたくないと思うようになっていた。
たぶん、お前との関係を終わりにしたくなかったからだ。
……三回なんて、ほんとは、もうとうの昔に過ぎてるよな。
俺にはもう、お前とデートする義務も権利もない。
でも……、俺は今も、お前とデートしたいかなと思ってる」
課長……。
「家に帰れば、お前はいるし。
結婚したら、家族になるが。
一緒に家を建てても。
一緒に住んでも。
結婚しても。
年をとっても。
俺はずっと、お前とデートしたいかなと思う。
三回じゃ足りない」
……課長。
我々、なんか途中、順番逆ですよね、と思いながらも、万千湖は駿佑に手を取られたまま、涙ぐんでいた。
そして、周りもざわめいていた。
瑠美が、あの課長がこんなことを言うなんてっ、という顔をする。
安江が、あの課長がこんなとこを言うなんてっ、という顔をする。
鈴加が、あの課長が……っ。
……待て、何故、全員聞いている、と思ったが、ロビーなので仕方がなかった。
ちょうど昼休みが終わり、戻ってきた人々が、口々に呟いている。
「あの課長があんなこと言うんだ?」
「やばい。
結婚したくなってきた……」
「やばい。
仲人したくなってきた……」
「年とってもデートしたい、かあ」
わかるわあ、と瑠美がうっとりと呟く。
万千湖の手を握った駿佑が万千湖を見つめ、言ってくる。
「今の家が古くなったら、今度こそ――
寿司屋の蛇口のついた家を建てよう」
「課長……」
「……そこは、わからないわあ」
と瑠美が呟いていた。
「ま……
白雪」
だから、『ま』はなんなのですか。
「俺は……お前のファンじゃないが。
お前と幸せになってもいいか」
課長……。
「ずっとお前の日記に登場していたい。
お前と近くなりすぎて、空気のような存在になってしまっても。
お前の日記の片隅にでも。
一週間に一度でも。
俺の名前が出てくるなら、俺は幸せだ」
なんですか、その突然のマイナス思考……。
「俺はずっとあの家でお前と暮らしたい。
……激突する鳥や狸より、お前と暮らしたい」
私はいつから、激突する鳥や狸と課長と暮らす権利を争っていたのでしょう、と思いながらも、万千湖は言った。
「ありがとうございます、課長っ。
大好きです。
夢のようです。
信じられません。
宝くじ三千円当たったときよりも、家が当たったときよりも」
いやそりゃ、三千円よりは上でしょうよ、という顔を瑠美が横でしていた。
「きっと、あの七福神様が課長を連れてきてくださったんですっ」
いやそれ、買ったの課長では?
という顔を安江がしていたが、やはり、突っ込んではこなかった。
「嬉しいですっ。
ちょうど課長が好きかな、と思ったときに、プロポーズされるとか」
と万千湖は涙ぐんだが、
「……ちょうど好きかな、と思ったときに、とか軽いな」
と今プロポーズしてくれたはずの相手にディスられる。
「じゃあ、課長はいつから私と結婚しようと思ってたんですか?
やけに唐突でしたが」
と万千湖が問うと、駿佑は入り口から入ってくる保険のおばちゃんらしき人を見ながら言った。
「さっきだ」
「さっき?」
「自動車保険の契約更新の紙を見たとき」
「どっちもどっちだよね」
と綿貫が苦笑していた。
そんなこんなで、なんとなく結婚することになったのだが。
まったく恋人らしくない、緊張状態はそのままだった――。
3
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
蕩ける愛であなたを覆いつくしたい~最悪の失恋から救ってくれた年下の同僚に甘く翻弄されてます~
泉南佳那
恋愛
梶原茉衣 28歳 × 浅野一樹 25歳
最悪の失恋をしたその夜、茉衣を救ってくれたのは、3歳年下の同僚、その端正な容姿で、会社一の人気を誇る浅野一樹だった。
「抱きしめてもいいですか。今それしか、梶原さんを慰める方法が見つからない」
「行くところがなくて困ってるんなら家にきます? 避難所だと思ってくれればいいですよ」
成り行きで彼のマンションにやっかいになることになった茉衣。
徐々に傷ついた心を優しく慰めてくれる彼に惹かれてゆき……
超イケメンの年下同僚に甘く翻弄されるヒロイン。
一緒にドキドキしていただければ、嬉しいです❤️
後宮に住まうは竜の妃
朏猫(ミカヅキネコ)
キャラ文芸
後宮の一つ鳳凰宮の下女として働いていた阿繰は、蛇を捕まえたことで鳳凰宮を追い出されることになった。代わりの職場は同じ後宮の応竜宮で、そこの主は竜の化身だと噂される竜妃だ。ところが応竜宮には侍女一人おらず、出てきたのは自分と同じくらいの少女で……。
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる