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ささやかなる見学会
この扉を開けたら、なにかクエストでもはじまりそうだ
しおりを挟む駿佑が帰ったあと、万千湖はその写真を貼り、日記を書いた。
『いよいよ、明日、見学会&ちょっとだけお引っ越しです。』
土曜が見学会で、日曜が引っ越しなのだが。
もうともかく、早く入りたいので、土曜の夜。
布団だけ持って、引っ越すことにしたのだ。
そもそもほとんどの家具家電は最初からついていることだし。
どうしようっ。
楽しみで眠れないっ! と思いながら万千湖は爆睡した。
「ど、どうしたらいいんですかねっ?」
土曜の朝。
周りになにもない山の中、モデルハウスそのままの豪華さで建った我が家に万千湖はうろたえる。
もう何度も覗きに来てはいたが。
さあ、今日から、ここがあなたの家です、と改めて言われると動揺が止まらない。
「ほ、ほんとうに、ここに住んでもいいんですかねっ? 私っ」
清水たち住宅メーカーの人々にそう訊きながら、万千湖は側にいた駿佑の腕をつかむ。
駿佑にも問うた。
「課長っ。
ほんとうに、こんなすごい家に住んでもいいんですかねっ? 私っ」
だが、駿佑はなにも答えず。
無表情に腕を振って、万千湖の手を外そうとしていた。
そのとき、万千湖のスマホが鳴る。
駿佑から手を離し、鞄からスマホを出すと、母親からメッセージが入っていた。
「今日、何時ごろ行ったら空いてる?」
「二時くらいじゃない?」
と返したあとで、ついでにまた訊いてしまう。
「ねえ、たわし、ほんとうに、ここに住んでもいいのかなっ?」
上から覗き込んでいるらしい駿佑が言った。
「たわしが住むのはどうかと思うが……」
だが、万千湖はその打ち間違いにも気づかないまま。
今のこの感動と感謝を伝えようと、清水たちに向かい、頭を下げた。
「ありがとうございますっ。
こんな素晴らしい家を建てていただいてっ。
ほんとうに夢のようですっ」
すると、清水たちも感激し、
「そんなに喜んでいただけて、我々も嬉しいですっ」
とつられて涙ぐむ。
「どうぞ。
この家の鍵です」
この扉を開けたら、なにかクエストでもはじまりそうな感じに清水が鍵を渡してきた。
「あ、ありがとうございますっ」
と万千湖と駿佑はそれぞれの鍵を受け取る。
薄いカードキーを手に万千湖は言った。
「あ、カードキーでしたよね。
これなら、鍵が縦に落ちても、足に刺さって痛いとかないですよねっ」
「鍵が……?」
「縦に……?」
「……すみません」
満面の笑みの万千湖の横で、駿佑が、しょうもない話をしてすみません、と清水たちに謝っていた。
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