上 下
101 / 125
ささやかなる見学会

指輪をはめろ

しおりを挟む

 
 次の日、職場の廊下で駿佑と出会った。

 チラと万千湖の指を見て言う。

「……はめてないのか」

「指、もがれます」

「ここ、海外じゃないぞ」

「瑠美さんたちにもがれます」

「つけてないと、綿貫と雁夜が来るじゃないか」

 いや、何故ですか……と思っている間に駿佑は通り過ぎていった。



 昼休み、実は持ってきていた指輪を万千湖は、人気のないロッカールームで、そっとはめてみた。

「あっ、なにそれ可愛いっ」
といきなり間近で瑠美の声がする。

 ひっ、今、何処から湧いてきましたっ!?

「やだっ、婚約指輪っ?」

 そう言いながら、瑠美は万千湖の手をつかむ。

「ち、違いますっ」
「じゃあ、なんで、薬指にはめてんのよっ」

「この指にぴったりだったからですっ」

 そして、他のどの指にはめていいかわからないからですっ、と万千湖が思ったとき、瑠美が叫んだ。

「嫌だ、可愛いっ。
 許せない~っ。

 私も婚約したいっ。
 こういうのくれる彼氏欲しいっ。

 っていうか、この指輪が欲しい~っ!」

 いや、あげませんよっ!?
と万千湖が思ったとき、パタン、といきなり後ろでロッカーを閉める音がした。

 安江だ。

 だから、なんでいつも気配しないんですかっ、安江さんっ。

 あなた、忍者の末裔ですかっ!?

 安江は瑠美と万千湖を向いて言う。

「自分で買えばいいじゃないの、指輪くらい。
 その方が好きなもの買えるでしょ。

 でも、見せて」

 万千湖が安江の手に指輪を渡すと、安江は鑑定するかのようにそれを眺めたあとで訊いてくる。

「刻印とかしてないの?」

 婚約指輪でもイニシャルなど入れる人もいるようだったが。

 いや、だからこれ、同居人指輪なんで……と思いながら、万千湖は、

「ああ、はい」
と答える。

 ありがとう、と万千湖の手に指輪を返しながら、安江は言った。

「まあ、刻印とかしちゃったら、売りにくいわよね」

 ……いや、売る予定はないです。

 あるとしたら、家の借金が返せないときだろうかな、と万千湖は思う。

 だが、課長に借金を返すために、課長からもらった指輪を売り飛ばすというのも妙な話だ。

 そのとき、腕組みして指輪を眺めていた瑠美が言った。

「そういえば、男は婚約指輪はめないわよね。
 何故かしら。

 逃げられたら困るじゃない。
 ねえ?」

 いや、指輪はめたら逃げないわけでもないと思いますけどね……と思いながら、万千湖は考える。

 同居人指輪か。

 だったら、私も課長に同居人として、なにかプレゼントすべきだろうかな、と。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

天才たちとお嬢様

釧路太郎
キャラ文芸
綾乃お嬢様には不思議な力があるのです。 なぜだかわかりませんが、綾乃お嬢様のもとには特別な才能を持った天才が集まってしまうのです。 最初は神山邦弘さんの料理の才能惚れ込んだ綾乃お嬢様でしたが、邦宏さんの息子の将浩さんに秘められた才能に気付いてからは邦宏さんよりも将浩さんに注目しているようです。 様々なタイプの天才の中でもとりわけ気づきにくい才能を持っていた将浩さんと綾乃お嬢様の身の回りで起こる楽しくも不思議な現象はゆっくりと二人の気持ちを変化させていくのでした。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」に投稿しております

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

御神楽《怪奇》探偵事務所

姫宮未調
キャラ文芸
女探偵?・御神楽菖蒲と助手にされた男子高校生・咲良優多のハチャメチャ怪奇コメディ ※変態イケメン執事がもれなくついてきます※ 怪奇×ホラー×コメディ×16禁×ラブコメ 主人公は優多(* ̄∇ ̄)ノ

というわけで、結婚してください!

菱沼あゆ
恋愛
 政略結婚で、挙式の最中、支倉鈴(はせくら すず)は、新郎、征(せい)そっくりの男に略奪される。  その男、清白尊(すずしろ みこと)は、征に復讐するために、鈴を連れ去ったというが――。 「可哀想だから、帰してやろうかと思ったのに。  じゃあ、最後まで付き合えよ」

ほんとうに、そこらで勘弁してくださいっ ~盗聴器が出てきました……~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 盗聴器が出てきました……。 「そこらで勘弁してください」のその後のお話です。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

処理中です...