上 下
97 / 125
ささやかなる見学会

思いつかなかったらしい……

しおりを挟む
 
 帰り道、万千湖は駿佑に言われた。

「あれは買わないと収まらない感じだな。
 ……金も持たされてしまったことだし。

 とりあえず、なにか買ってやろう。
 今度見に行くか」

「えっ?
 いえそんなっ、とんでもないっ」
と万千湖は慌てて手を振る。

 かっ、課長に指輪買ってもらうだなんて、そんな彼女みたいなことっ、と思ったのだ。

「まあ、同居する記念とでも思って……」
と言いかけて、駿佑は苦笑し、

「まあ、同居するといっても、二世帯だから、別世帯みたいなもんだけどな」
と言う。

「そうですね。
 あっ、でも、たまには共有リビングで一緒にお茶とかしてくださいねっ」
と万千湖が微笑みかけると、少しの間のあと、

「……うん、そうだな」
と駿佑は小さく頷いた。


 万千湖を送ったあと、自宅に戻った駿佑はあの封筒をテーブルの上に置き、少し考える。

 家に電話した。

「もしもし?
 やっぱりお金返すよ」
と言うと、案の定、美雪は怒り出す。

「……いや、そうじゃないよ。
 お母さんにもらったお金で買うのはなんか違うかなって」

 婚約してないのに、婚約指輪を買って、はめさせることがそもそもおかしいのだが。

 だが、万千湖に母親のお金で指輪を買ってやるというのは、なにかがちょっと違う気がした。

「自分で買うよ」

「でも、あんた、今、お金ないんじゃないの?」

「大丈夫だよ。
 指輪買うくらいはあるよ」

「まあ、そうね。
 ちょっとは男らしいところを見せないとね。

 マチカさん、意外にしっかりしてて、男らしいものね。

 あんた、マチカさん、あんな風だけど」

 どんな風なんだ……。

「一応、アイドルだったんだし。
 可愛いし。

 きっとモテるのよ」

 なんだその、モテそうにはないけど、理論上はモテないとおかしいから、モテるんじゃないの、みたいなの。

「油断してると、持ってかれちゃうわよ。

 ……誰かに」

 具体的に誰かは思い浮かばなかったらしい。

 黒岩さんは身内っぽい感じだから。

 今いる中なら、やっぱり、雁夜か、綿貫かな、と思う。

 あいつのファン、若い男もいるようだが。

 なんか、おじいちゃんおばあちゃんが多そうだよな……。

 駿佑は勝手にそんなイメージを抱いていた。



 その日、駿佑は夢を見た。

 見学会と引越しの日に、万千湖が残り二枚のデートのシールを貼ってしまう夢だ。

 それはデートじゃないだろうっ、と思ったとき、何故か白無垢を来た万千湖が共有スペースのリビングで両手をついて頭を下げた。

「これでデートは三回です。
 無事にご恩が返せました」

 いや、いつ、なにをどうやって返したっ?

 っていうか、恩ってなんだっ?

「お世話になりました」

 万千湖が玄関を開けると、羽織袴を着た黒岩が立っていて、万千湖は彼に手を引かれ、芸能界に戻っていった。

「女優になります」
と最後に言って。

 いや、お前、絶対セリフ言ってる途中で笑い出すから無理だろうっ。

 表情作ったりできそうにないしっ、と思ったところで目が覚めた。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

処理中です...