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ささやかなる見学会

万千湖の苦労話

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「なにかを頑張りたいの『なにか』がわからないって。
 一応、ご当地アイドルとして、そこそこ成功した時点で、なにかを成し遂げてんじゃないの?」

 みんなでお弁当を食べていた昼休み、瑠美がそう言ってきた。

「まあ、ご当地アイドルになってからは、それなり努力はしましたが。
 はじまりがなんていうか。

 人数足りないから出てっ、でしたから。

 なし崩し的になってしまったので、頑張ってアイドルになりましたというのは、おこがましいような……」

「一応、努力はしたわけ?」
と安江が訊いてくる。

 いつもいっしょにいるこの辺りのメンツに黙っているのも水臭いか、と思い、すべて打ち明けたのだ。

「はい。
 それにまあ、いろいろ耐えては来ましたね」

 あまりアイドル時代のことを語らない万千湖の苦労話にみんな身を乗り出して聞こうとした。

「えーと、例えば……

 例えば……」

 あれっ?
 改めて語ろうとすると、楽しいところしか思い浮かばないな。

「……そうですね。
 血の滲むような寒さを耐えたりとか」

「血の滲むような寒さっておかしくないか?」
と駿佑からツッコミが入る。

「寒さに耐えて、手を握りしめ、爪で血が滲むとか?」
と意外に想像力たくましい綿貫が言い、

「血が雪に滴り落ちて、パタッて倒れたりしたら、ちょっと純文学っぽい雰囲気が漂うね」
とさらに、想像力たくましい雁夜が言う。

 ……大丈夫ですか。
 雁夜さんの頭の中では、我々全員、大喀血とかしていませんか?

 集団中原中也ですか。

 ……いや、私の言い方が悪かったのだが。

 でも、本当に洒落にならないくらい冬のイベントとか寒かったんですよ、と万千湖は思い出す。

「冬の野外イベントとか。
 お客様も凍死しそうになってますが。

 ミニスカは地獄です。

 ニーハイソックスやブーツを履いてはいるのですが、あのわずかな隙間こそ、冷えるとお腹が痛くなるポイントなんですよね」

 わかるわかる、と女子たちは頷いてくれた。

「でも、万千湖が元アイドルとはね~。
 なんか変わった子だな、とは思ってたんだけどね」
と腐の世界にお住まいの安江が言う。

 黒岩が聞いていたら、
「いや、そいつが変わってるのは、芸能界のせいじゃなくて、元からだが……」
と言っていただろうが。

「でも、いいなあ、アイドルかあ。
 やっぱり憧れるわよね。
 可愛い衣装着て、みんなの前で歌って、手を振って」
と言う安江に瑠美が言った。

「あら、可愛い衣装着て歌って、手を振るだけなら、いまどき簡単じゃん。
 やりなさいよ。
 カラオケでステージつきのパーティルーム、借りてあげるから」

「見てますよ、安江さん」
と鈴加が微笑み、

「私も見てますよ、安江さん」
と万千湖も微笑む。

「えっ?
 嫌よ、恥ずかしいっ」
と言う安江に、雁夜が、

「大丈夫」
となにが大丈夫なのか言った。

「きっと盛り上がるよ。
 駿佑がマラカス振ったり、タンバリン振ったり、太鼓叩いたりしてくれるから」

 いや、やるの、俺ひとりかっ、という顔で駿佑が振り返っていた。

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