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ささやかなる弁当

お前は狙われている……

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「あら、もうこんな時間ね。
 一緒にお食事していけばいいのに。

 駿佑が他に用事があるって言うから」

 せび、またいらしてね、と言われる。

 長くいたら疲れるだろうと気を使った駿佑がそう言ってくれていたようだ。

 住宅メーカーに行くのは明日だし、特に今日は用もないのだが。

「そうそう。
 式はいつ頃になるのかしら?」

 そう駿佑の母に訊かれ、万千湖は、は? となる。

 なんの式だろうな。

 竣工式しゅんこうしき

 いや、ビルか。 

「その話はまた」
と駿佑は遮ったが、

「でも、みんなも予定ってものがあるんだから。
 早く言っとかなきゃ駄目でしょ。

 だいたい、何月くらいとか決まってないの?」
と母に詰め寄られている。

 駿佑は困っているようだった。

 駿佑は、ここで結婚するわけじゃないとか言ったら、また話がややこしくなるな、と悩んでいたのだが。

 駿佑の意図も、母の意図も、万千湖には伝わっていなかった。

「万千湖さん、なにかいい日とかある?」

 駿佑の母が微笑み訊いてくる。

「いい日ですか?」

 万千湖の頭に、10億円の文字と微笑む招き猫が印刷された、はためく赤いのぼりが浮かんだ。

「やっぱり、大安吉日とか」

「そうよねえ」

「一粒万倍日とか」

「一粒万倍日もいいかもね。
 天赦日てんしゃびなんかもいいらしいわよ」

「そうなんですかっ」

「帰ろう。
 話が噛み合ってるようで、噛み合ってないから」
と言う駿佑に連れて帰られた。

 

 駿佑の家は楽しかったが、やはり緊張していたらしく、駿佑の車に乗った万千湖は、ちょっとホッとしていた。

 緊張するはずの課長の車でホッとするとは……と思ったとき、駿佑が言った。

「よく頑張ったな。
 焼肉でも食べに行くか」

「あっ、いいですね~。
 ところで、さっきのいい日の話はなんだったんですか?」
と訊くと、駿佑は口ごもる。

「家を建てる日ですか?
 あ、入居日とか。
 それとも、棟上むねあげの日ですか?」

 駿佑はかなり迷ったあとで言ってきた。

「……お前はたぶん、俺の嫁として狙われている」

「は?」

「ちょうどよさそうな嫁として狙われている」

「……本人が狙っていないのにですか?」

 課長には、まったく狙われている感じがないんですけど、と思いながら、万千湖はそう訊いてみた。

「そもそも、見合いして、一緒に家を建てるとか言うから。
 結婚すると思われているようなんだが……」

「……そういや、普通はそう思うかもですね」

 うちの親もそう疑ってましたしね。

「だが、さっきの親の態度を見ていたら、俺が違うと言ったところで、お前はうちの親に狙われそうな気がした」
と駿佑は言う。

「考えてみれば、お前は愛想はいいし、礼儀正しいし。
 息子の嫁に欲しいとか、孫の嫁に欲しいとか言われそうなタイプだよな」

「……息子の嫁に欲しいと親が思うタイプと、息子が嫁に欲しいと思うタイプは往々おうおうにして違うらしいですけどね」

 万千湖は、よく近所のおばちゃんたちに言われていたセリフを思い出していた。

「万千湖ちゃんは、もういいお相手いるんでしょう?」

 それを言われるたびに、母親が、

「いないいない。
 いるわけないじゃないの、この子に」
と笑い、おばちゃんたちが、

「あらー、こんなにいいお嬢さんなんだから、いないわけないわよ。
 お母さんが知らないだけよ。

 ねえ、万千湖ちゃん」
と言う。

 それは、幾度となく繰り返されていた会話。

 だが、そのたびに、万千湖は微笑み返しながら思っていた。

 そのいるはずの私のお相手。

 お母さんだけではなく、私も見たことも聞いたこともなく、知らないのですが……、と。

「私は若い男性には受けが悪いのですかね?」

 一度も浮いた噂が浮いてきたことがなかったのですが、と言うと、駿佑は、
「そんなこともないだろう。
 だって、お前、アイドルだったんだろう?」
と慰めてくれる。

「……そんなものは所詮、作り上げた虚像。
 白雪万千湖がモテているわけではありません。

 みんな、ほんとうの私なんて見てないんですよ」
とクールに言ってみせたが、

「……いろいろお前のアイドル時代の話を聞いたが。
 何処にも虚像らしきものを感じなかったんだが」

 もうちょっとファンのためにカッコつけろよ、と叱られる。

 黒岩さんがもうひとり増えたみたいだな、と万千湖は思った。


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