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ささやかなる弁当

ずっと私に寄り添ってくれていたのは……

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 そんな話を思い出しながら、駿佑は助手席に座る万千湖に訊いてみた。

「お前、ミズキってやつ、知り合いか?」

「え? ミズキさんって、何処の課のですか?
 あっ、もしかして、うちの学校のですかっ?

 何組っ!?」

 絶対知り合いではなさそうだ……と思いながら、交差点で曲がる。
 

『土曜日、課長の実家に行くことになりました。

 日曜日は家の契約です。

 大忙しです。』

 課長のご家族に会うとか、手土産はなにを持っていけばいいのかな。

 そして、なにを着ていけば……?

 契約に必要な書類は?

 印鑑は?

 日記を書きはじめてから今まで。

 日々、些細なこともびっしり日記に書いてきたけど。

 ほんとうに忙しくなってきたら、書くことはたくさんあるのに、書く時間が見つからない。


「今からてんてこまいでどうする。
 家のことはまだこれからだぞ。

 引っ越しのための作業もはじめないといけないだろうし」

 土曜日、万千湖は車で迎えに来てくれた駿佑にそう叱られる。

「そうなんですけどね~。
 いや~、なにを着ていったらいいのか迷っちゃって。

 これ、おかしくないですか?」

 万千湖は秋らしいシックなワンピースを着ていた。

 薄手でちょっと寒いのだが、コートも羽織っているので、まあ大丈夫だ。

 チラ、と駿佑はこちらを見て、

「……パティシエールの格好よりはいいんじゃないか?」
と言ってきた。

 いや、あれで挨拶になど伺いませんよ……。

「うちの弟の友だちなら、あっちの方が喜んだかもしれないが」

 そんな話をしているうちに、駿佑の実家に着いていた。

 落ち着いた雰囲気の住宅街にある、白い大きなおうちだ。

 万千湖が駿佑に連れられ、玄関を入ると、待ち構えていたらしき一家が勢揃いしていて、うわっ、と後退しそうになった。

「いらっしゃい、マチカさん」

 駿佑そっくりの美しい母親が満面の笑みで挨拶してくれる。

 万千湖です、課長のお母様……と思いながら、万千湖は深々と頭を下げた。

「初めまして。
 白雪万千湖と申します。

 課長にはいつもお世話になっております。
 本日はよろしくお願いいたします」



 駿佑の家族はとても気さくで、万千湖はあっという間に打ち解けた。

 肝心な駿佑との間には、いまだに見えない壁がある気がするのだが……。

「最初は商店街の着ぐるみを引き受けたはずが、アイドルになってしまった方が来るって聞いてたからどんな人なのかなって思ってたんだけど。

 話しやすい人でよかったわ、マチカさん」

 万千湖です。

 そして、課長、どんな説明をしてるんですか……。

 駿佑は、親が引かないよう、万千湖が庶民派のアイドルであることを強調して語ったのだが。

 なんだか途中で話が曲がりくねっていた。

 駿佑の弟、誉も、
「いや、俺もちょっと心配してたんですよ」
と万千湖が持ってきた焼き菓子を食べながら言ってくる。

「だって、アイドルだって言うから。
 ちょっとあんた、水持ってきて、とか言われたらどうしようってビビってたんです」

 いや、それ、どんなアイドル像なんですか……。

「水といえば……」
と万千湖は思い出す。

 横で駿佑が、また、しょうもないこと思い出して語るなよっ、という顔をしていたが、もう止められなかったので語った。

「我々は小さな商店街のアイドルなので、イベントに行っても、片隅にいる感じだったんですけど。

 そこそこ売れてきたら、少しはいい扱いになってきたんですよ」

 へえー、やっぱりそうなんですか、と感心しながら、駿佑の家族は聞いてくれている。

「ある日、イベントのスタッフの人に、

『今日はマチカさんのためにご用意しときましたよ』
 って笑顔で言われたんです。

『なんかマチカさんって。
 よく冷えた、でっかいペットボトルの美味しい水があったら、リッチな気持ちになるんでしたよね?』って」

「……なんでそんな何処の家にでもあるようなものでリッチな気持ちになるんだ」

「いや、うちの辺、水道水も美味しいので、わざわざ買わないんですよね、ペットボトルの水。

 冷蔵庫開けたとき、よく冷えて白くなった、でっかい水のペットボトルがあると、なんか贅沢だなっていつも思うんです」

 駿佑は、なんだその話はという顔をしていたが、駿佑の家族たちは、

 この人、ほんとに庶民的だな……という顔をしていた。

「親戚の家に行ったとき、
 喉が渇いたって言ったら、

『その辺のダンボールに炭酸飲料とかジュースとかいっぱいあるから、好きなのとって氷入れて飲みなよ』

 って言われたときも、なんて贅沢なっ、て思いました。

 だって、コンビニにも自販機にも行かなくても、すぐそこにコーラとかあるんですよっ」

「わかった、わかった」
と駿佑が止める。

 万千湖の親はあまりその手のものを飲まないので、家には買い置きがなく。

 なにか飲みたいと思ったら、夜だろうが、歩いて近くの自動販売機かコンビニに行くしかなかったので。

 炭酸飲料やジュースが買いだめしてあるというのが新鮮だったのだ。

 だが、このしょうもない話は意外に駿佑の家族には受けた。

  いきなり、真面目一筋だった息子が、よくわからないご当地アイドルと家を建てるとか言い出したら、それは親も不安になるだろう。

 しかも、ご両親には、芸能界は怖いところで、そこそこ売れてる芸能人はみなセレブ、という妙な思い込みがあったらしい。

 かなり身構えていたらしいのだが。

 万千湖が全然そんな感じの人間ではないとわかり、安心したようだった。

「まあ、こんないいお嬢さんが駿佑なんかと見合いしてくれただなんて」
と万千湖は何故か駿佑母に感謝された。

 駿佑は、
「いや、こいつは俺と見合いしたつもりはないぞ。
 こいつが見合いしたのは、栗のカヌレとだ」
と毒づいていたが……。

 日記に駿佑のことを書いていなかったのを根に持っているようだった。

 だが、万千湖は思う。

 いや、初めてで心細い見合いの席に。

 課長は一瞬現れて去っていってしまいましたが。

 マロンケーキも、栗のカヌレもクロワッサンサンドもずっと私に寄り添ってくれていましたよ……と。

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