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ささやかなる弁当

帰れなくなってもいいじゃないですか

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『見合いに行きました。』
という文字の下には、二枚のアフタヌーンティーセットの写真。

 それだけで、ページは、ほぼ埋まっていた。

 だが、下にも小さく書かれた文字を発見する。

 マロンケーキ、栗のカヌレ。
 抹茶スコーン、秋鮭とアボガドのクロワッサンサンド。

 菓子の名前はあって。
 駿佑の名前はない。

 待て。
 お前はなにと見合いしに行ったんだ。

 栗のカヌレとか?

 駿佑は、ふと、さっきの万千湖の言葉を思い出していた。

「でも、毎日書きたいことがたくさんあるのに、一日一ページしかないんで。
 取捨選択して、印象に残ったことだけを書くようにしてるんですけどね」

 取捨選択して

 取捨選択して

 取捨選択して……

 取捨選択により、捨てられた方の駿佑は心の中で絶叫する。

 俺よりアフタヌーンティーセットの方が印象に残ったのか、お前は~っ。

 実は万千湖は見合いの間中、頭の中で日記の下書きをしていたので。
 それで満足してあまり文章は書いていなかったのだが。

 もちろん、駿佑はそんなことは知らなかった。

 戻ってきた万千湖がそのページに気づいて笑う。

「そうだ。
 課長が食べなかったから、私、二人分食べたんですよ、それ」

「食べたのか、二人分……」

 はい、全部、と言いながら、万千湖は駿佑の前に、ことり、と小皿に載ったクッキーを置いた。



 微妙な顔をした駿佑と日記を見ながら珈琲を飲んでいた万千湖だったが。

「あ、そうだ」
と声を上げた。

「そういえば、シャンパンありますよ」

 あの日、海につけそこねたシャンパンは、万千湖が預かり、冷やしていたのだ。

「……呑んだら帰るのに困るだろうが」

 ちょっと戸惑ったような顔で駿佑が言う。

「そうですよね。
 じゃあ、家が建ったら飲みますか? 二人で。
 共用のリビングとかで」

 駿佑が、「!?」という顔をした。

 よく漫画で、顔の横に「!?」と書かれていることがあるが。

 ほんとうにそんな顔、初めて見たな、と万千湖は思う。

「あのモデルハウス、二人で買うことで決定か!?」

「いや~、今、日記見てたら、ここに新築の家の写真貼りたいな~って思っちゃって。

 すごいいろどりが添えられますよね~」

「彩りのために家を建てるな」

「あ、でも、課長が買われないのなら、私ひとりで……」

「買えるのか?」

「えーと、ローンで。
 住宅メーカーの清水さんに、シャンパンもバスマットもスリッパももらってしまいましたしね」

「義理で家を買うな」

 返してこい、スリッパ、と言われてしまう。

「だがまあ、俺は家を買うこと自体は、やぶさかではない。
 お前の親は買わないようだが、お前ひとりで900万出せるのか心配しているだけだ」

「そうですねー。
 貯金をはたいて、あとはローンで……」

「……じゃあ、そのローン分出しておいてやるから、俺に返せ」

「えっ?」

「利子分、無駄だろ。
 結構な金額になるし」

「いえ、そんな申し訳ないですっ」

「心配するな。
 毎月、キッチリ集金するから」

「いや~、申し訳な……」

「申し訳ないとかもう言うな」

 俺は際限ない遠慮と不毛な会議が嫌いだ、と駿佑は言う。

「で、では、家を二人で買う方向でっ。
 なんだかお祝いしたくなってきましたっ。

 やっぱり、シャンパン開けますか?」

「……帰れなくなるだろうが」

 そう言う駿佑を間近に見つめ、
「いいじゃないですか」
と万千湖は言った。

「大丈夫ですよ。
 私、代行の電話番号知ってるんで」

「……俺も知ってる。
 っていうか、ネットに出てる」

 そうでしたね、と言いながら、万千湖は立ち上がった。

「そうだ。
 やっぱり、シャンパンはとっておいて、他の酒開けましょうか?

 黒岩さんがくれた、新しい仕事を初めて、なにかやり遂げたと思ったら開けろと言われた酒があるんですっ」
と万千湖は冷蔵庫に向かおうとしたが、

「待てっ。
 うっかり家を買った以外にお前、なにをやり遂げたっ?」
と止められた。


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