上 下
45 / 125
ささやかなる弁当

経歴詐称だろ

しおりを挟む
 
 結局、どっちに決めたんだろうな、と思いながら駿佑は、仕事終わり、万千湖にメールを送ろうとしていた。

 すると、
「お疲れ」
と雁夜がやってくる。

 自分の手にあるスマホを見て、
「マチカとメール?」
とちょっとうらやましそうに訊いてくる。

 マチカじゃなくて、白雪だ、と思っていると、もう他の人間がいなかったせいか。

「いいなあ、アイドルとメールってすごくない?」
と雁夜は言ってきた。

 こいつ意外とミーハーなのかな、と思ったが、普段の言動を思い返すと、そういうわけでもないようだ。

 まさか、こいつ、ほんとにマチカのファンなのか。

 だが、髪型変えたり、ちょっと髪の色を染めたり。

 メガネ外したり。

 髪と同じ茶系のカラコンにした程度の変装で、最初気づかなかったらしいじゃないか。

 お前、ほんとうにファンなのかと何処から目線かわからないことを思いながら、雁夜を見上げた。

「普通のメールアドレスとかは俺も知らないぞ」

 ショートメールで不便してないからな、と駿佑は言った。

「お前、白雪の何処がいい。
 見た目は悪くないかもしれないが、どこにでもいるような……

 いや、いないな。
 ……悪い意味で」

 落ち着きがない。
 得体が知れない。
 突拍子もない。

 そんな白雪の何処がいい?

 雁夜、モテるのに、と本気で思っていた。

 すると、雁夜が無言でスマホを差し出してくる。

 そこには、全員で映っていたらしい『海と太陽』のメンバーから万千湖だけを拡大している写真があった。

 手入れのいい長い黒髪に黒い瞳。
 細い黒縁の丸メガネのせいで、顔の小ささと色の白さが強調されている。

 シンプルだが、スタイルの良さがよくわかる短め丈の衣装。

 可愛いっ!
と瞬時に思ってしまった自分の感想を駿佑は慌てて遠くに押しやった。

「……まあ、アイドルなんて、所詮は虚像だからな」
と駿佑は強がった。

 今の万千湖も可愛いが、この黒髪黒目の万千湖の方が彼女本来の雰囲気にピッタリ合っていて、愛らしい。

 御伽噺おとぎばなしから抜け出てきたような、ちょっと浮世離れした、現実味のない可愛さだった。

 商店街のおじさんが万千湖をイベントに引っ張り出してきたのは、人が足らなかったからだけではなくて。

 自慢の姪だったからなのかもしれない。

 アイドルとしてのマチカは所詮、虚像なのかもしれないが。

 万千湖の場合、カラコン入れて、髪を染めている今の方がむしろ、仮の姿のようだった。

「まあ、確かに歌は悪くないのかも」
とアイドル、マチカの容姿に対するコメントは控え、強がりのように駿佑は言った。

「えっ?
 聴いたの? 太陽と海の曲」

「いや、スマホからあいつの鼻歌が聞こえてきたんだ」

 いや、鼻歌というか、熱唱だったが……。

「なんか聞いたことのない歌を歌ってた」
と駿佑は、
   
「聞いたことないとか、なんてことをっ。

 そのマチカさんが口ずさんでいた太陽と海の代表曲『涙のショコラティエ』が入ってるCDはポスターとともに、ふるさと納税の返礼品になってたくらいなんですよっ」
と景太郎と船田が怒りそうなことを言う。

「でも、いいなあ、アイドルと見合いして結婚かあ」

 そんなことを雁夜が呟く。

「なにがいい?
 俺はあいつがアイドルだったなんて聞いてなかったし。

 今回バレなきゃ言う気もなかったんだろ?

 まあ、見合いしたからといって、特にする予定はないんだが。
 もし、このまま、あいつと結婚してたら。

 あとになって実はアイドルでしたとか、経歴詐称だろ」
と言って、

「……うらやましいような経歴詐称だね」
と言われてしまったが。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

天才たちとお嬢様

釧路太郎
キャラ文芸
綾乃お嬢様には不思議な力があるのです。 なぜだかわかりませんが、綾乃お嬢様のもとには特別な才能を持った天才が集まってしまうのです。 最初は神山邦弘さんの料理の才能惚れ込んだ綾乃お嬢様でしたが、邦宏さんの息子の将浩さんに秘められた才能に気付いてからは邦宏さんよりも将浩さんに注目しているようです。 様々なタイプの天才の中でもとりわけ気づきにくい才能を持っていた将浩さんと綾乃お嬢様の身の回りで起こる楽しくも不思議な現象はゆっくりと二人の気持ちを変化させていくのでした。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」に投稿しております

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

御神楽《怪奇》探偵事務所

姫宮未調
キャラ文芸
女探偵?・御神楽菖蒲と助手にされた男子高校生・咲良優多のハチャメチャ怪奇コメディ ※変態イケメン執事がもれなくついてきます※ 怪奇×ホラー×コメディ×16禁×ラブコメ 主人公は優多(* ̄∇ ̄)ノ

ほんとうに、そこらで勘弁してくださいっ ~盗聴器が出てきました……~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 盗聴器が出てきました……。 「そこらで勘弁してください」のその後のお話です。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...