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ささやかなる弁当

究極の選択(?)

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 ついに課長にバレてしまったっ。

 雁夜がいなくなったあと、万千湖たちは職場に急いで戻るため、エレベーターに乗り込む。

 駿佑とは同じフロアなので、なにも訊かずに階数ボタンを押し、黙っていると、駿佑は上がっていく階数表示を見ながらボソリと言った。

「お前はアイドルだったのか……」

 だが、『アイドル』の部分が変に棒読みで、なにもイメージできていないのではないかな、と感じた。

 まあ実際、私もアイドルとか言われたら、むずがゆい感じがしてましたしね、と万千湖は思う。

 ずっと商店街の広報隊な気持ちで働いていたからだ。

「……アイドル」

 駿佑がもう一度、口の中で呟いた。

 ひいっ、もう勘弁してくださいっ、と万千湖は青ざめる

 駿佑はなにも言っていないのだが。

 万千湖の頭の中では、駿佑はさげすむように万千湖を見て、

「お前なんぞがアイドルを名乗るとはな」
と鼻で笑っていたからだ。

 だが、駿佑の口から出たのは全然違う言葉だった。

「じゃあ、結構小金を貯めてて、それでポンと家を買おうとしたのか」

「いや……なんにも貯まってませんし。
 そんなにもらってなかったんですけど……」

 駿佑は万千湖がアイドルだったかどうかより、迫り来る契約に向けて、万千湖が本気で家を買う気があるのかどうかの方が気になるようだった。

「アイドルって激務そうだから、結構稼いでるのかと思ってたぞ」

「はあ、確かに、途中からは吐くほど働いてましたね」

 もうボロボロになるほど、と万千湖は言う。

「いろんなイベントに招待されたりして、全国で働いてました。
 最初はお金がなかったので、みんなで交代で車を運転したりしながら」

 途中、サービスエリアの屋台で買った豚の串焼き。

 みんなで寒い中食べて美味しかったな~と万千湖は、二度と戻らぬ、みんなとの日々を思い出し、しんみりする。

「みんなで豚串買ったんですよ。
 でも、車でそんな強烈な匂いのもの食べたら、衣装に匂いが移るだろってプロデューサー兼マネージャーに怒られて。

 俺たちは夢を売る商売なんだからと言われて、車内で食べられず。

 雪の降る中、駐車場にある大きなダストボックスの横で。
 震えながら、みんなで輪になって食べました」

「お前たちはアイドルだったんだよな?」
と駿佑が確認してくる。

「なにかこう、わびしい感じしか伝わってこないんだが……」

「いや~、我々が輝けるのは舞台の上だけですよ」

 あとはショボいもんです、と万千湖は言った。

 まあ、舞台の上で私が輝けていたかは謎なのだが。

 でも、みんなは確かに輝いていた、とサヤカ、サチカ、ユカ、トモカ、それぞれの顔を思い出しながら、万千湖はしみじみそう思う。

「所詮は商店街のアイドル。
 舞台裏は、ショボくてわびしい感じだったかもしれないけど」

 でも、楽しかったんですよね、と万千湖は語る。

「もったいないことに、部長の息子さんや回転寿司であった船田くんみたいに、私なんかを応援してくれる方もいらっしゃいましたし。

 だから、その期待に応えなければと……。

 苦労もたくさんしたけど。
 大変だったことほど、今思い返せば、懐かしいです」

 逆境におちいれば陥るほど、そのありえないピンチがおかしくて。

 ずっと馬鹿みたいにみんなで笑ってた気がする。

「商店街の企画ではじまり。
 なんとなくメンバーが集まって、何年か続いたけど。

 ……短い期間で夢のように終わるものだとわかっていたからこそ、あんなも楽しかったのかもしれません」

 万千湖は過去を思い出し、そう微笑んだ。

 ちょうどエレベーターが着く。

「で?」
と駿佑がこちらを見た。

「は?」

「お前は俺と家を買うのか? アイドル」

 アイドルは名前じゃありませんが。

 っていうか、この人の口からアイドルと出るたび、おとしめられている気分になるのはどうしてだろうな……と思いながら万千湖が口を開こうとしたとき、駿佑が言った。

「まあ、俺の名前で当たったんだから。
 俺と結婚するか、俺と住むかのどちらかでないと、お前は住めないんだが」

 万千湖は開いた扉の向こう、人通りのない廊下を見ながら、一瞬考え、言ってみた。

「……では、課長と結婚して、私だけが住むとか」

「待て。
 何故、俺を追い出そうとする……」

 あー、いえいえ、と万千湖は苦笑いし、慌てて手を振る。

「もともと私が住宅展示場に行きたいと言ったから、こんなことになったわけで。
 巻き込んだら申し訳ないかな~と」

 遠慮だったんですよ、と駿佑に睨まれ、万千湖は言った。

 なんだ……。
 課長も本気であの家に住みたかったのか。

 付き合いで言ってくれてるのかと思ってた、と思いながら。

 駿佑がひとつ溜息をついたとき、扉が閉まりかけた。

 駿佑は横から手を伸ばし、万千湖の前にある延長ボタンを押す。

 いきなり目の前を駿佑の腕がよぎって、ちょっとドキリとしてしまった。

 壁ドン風の体勢に見えなくもなかったからだ。

「まあ、お前が住むのに、手続き上、名前だけ貸してやってもいいんだが。

 ひとりで住むのなら、1800万。
 ふたりで住むのなら、900万」

 どっちにするんだ? と駿佑は万千湖を見下ろした。



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