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ささやかなる弁当
美しい夜景の中で
しおりを挟むああでもないこうでもないと話し込んでいるうちに、日も暮れ、対岸の工場の灯りや船の灯りがくっきりと見え始めた。
噂の美しい港の夜景がじわじわ現れてくるのを眺めながら、車の中で万千湖は言った。
「あっ、見れましたね~、夜景。
せっかくなんで、外出て、呑みませんか?」
もう車は引きずっていくことにして、と言って笑う。
「冷えてないぞ」
「やっぱり、クーラーボックスと氷買ってくるべきでしたね。
それで、プラコップも買ってきて、二人でクーラーボックスを眺めながら、じっと待ちましょう」
「いや、夜景を眺めろ」
お前はいつも眺めるところがおかしい、と言われながら、近くのコンビニで氷ではなく、冷えたスパークリングワインのミニボトルを一本ずつ買ってくる。
たぷたぷ打ち寄せてくる黒い海を見下ろしながら、二人でそれを呑んだ。
海面に工場や船からの人工の灯りが映っていて綺麗だった。
「あ~、いい風ですね~。
今、宝くじが当たってたら、プレジャーボート買ってきて、この海を走るのに」
「誰が運転するんだ。
お前か。
免許はあるのか」
「あの……妄想なので」
と何処までも冷静な駿佑に万千湖は言った。
「そうだ。
宝くじ当たってたら、1800万使ってもお釣りが来ますよね」
「一等周辺ならな」
当選発表はいつだ、と駿佑が訊いてくる。
「……一昨日でしたね」
「……外れてたのか?」
「さあ、見てないので。
見るまでは当たってる可能性ありますよね」
「ないと思うが」
結果はすでに出ている、と駿佑は面白くないことを言う。
夢見る期間を引き延ばしておきたいのに。
「まあ、一等じゃなくても、そこそこ当たったら、なにかの足しになりますしね」
「なに急に弱気になってんだ」
「実はさっき、ここに来るとき、視界に入ってしまったんです。
宝くじを買った売り場が……」
と言うと、駿佑が、ああ、と言う。
一等が出た売り場なら、ここから出ましたとバーンとはり出しているはずだ。
自分で追求しておいて哀れになってきたのか駿佑が、
「十万でも、五万でも、三千円でも、三百円でも、なにかの足しにはなるぞ」
と慰めのようなことを言ってくる。
どんどん金額が下がっていってるのが気になるが……。
「お前の好きな100均ならビックリするくらい物が買えるかもしれないし」
「そうですね。
あの家買ったらお金なくなるので、100均で家のものそろえるつもりでしたしね」
まあ、照明器具から本までいただけるそうなので、なにもそろえなくてよくなってしまったのだが。
そんなこんなで呑んでるうちに、だんだんいい感じに酔ってきた。
「課長、課長。
さっきのつるべじゃないんですけど。
シャンパン、紐でしばって、よく冷えたこの秋の海におろしておいたら冷えるかもですよ。
冷たい波に揺られて、と提案してみたが、駿佑は横目に万千湖を見ながらケチをつけてくる。
「紐がほどけて落ちるか。
お前がシャンパンごと落ちていくか。
どちらかの未来しか見えてこないが」
だが、
「大丈夫ですよ~」
といつものように根拠もなく万千湖は言った。
「ここになんか、いい感じのロープがっ」
と海辺でよく見る古いささくれた感じのロープを手にした。
つかむと、ちょっと手が痛い。
これで縛りましょう、と万千湖は車に戻ろうとする。
「待て、落ち着け。
お前、絶対、一緒に波にさらわれるぞ」
「そうですかね~。
じゃあ、課長と私をロープでつないでおけばいいんでは……」
車のドアを開けたまま、二人はロープとシャンパンを手に揉めていいた。
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