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ささやかなる弁当
微妙に会話が噛み合わない
しおりを挟む危ないとこだった……。
木の向こうに行った万千湖は、まさにこちらに向かい、来るところだった彼女の両腕を正面から、つかんで止める。
「サヤカさん、なんでこんなところにいるんですか?」
と訊くと、サヤカは、えっ? と動揺した。
「ちょ、ちょっといい天気だったから、寄ってみただけよ」
だが、そのサヤカのTシャツの胸許には、ヒーローショーのロゴがあった。
万千湖の視線を追うように、視線を下げたサヤカは渋い顔をし、
「……実はこの特撮の大ファンで追っかけしてるのよ、私」
と言ってきた。
初耳です、と苦笑いしながらも、万千湖は突っ込まなかった。
「あんたこそ、なんでこんなところにいるのよ」
「はあ、クレープに誘われてまして、つい、ふらふらと。
あっ、ちゃんと実家が家建て替えるから見にきたんですよ」
「なにあんた、まだ家族と同居してんの?
っていうか、こんな遠くの住宅展示場まで来るとか物好きね」
二回目のヒーローショーが始まるらしく、家族連れの場所取りが始まっていた。
万千湖はそちらを気にしながら、
「あの、行かなくていいんですか?」
とつい訊いて、
「なんでよ」
と睨まれる。
「いえあの、場所取りされなくていいんですか?」
あ、ああ……と言ったサヤカは、
「あんたまだ此処にいるの?」
と訊いてくる。
「はあ、一番奥の家を見に行こうかななんて」
そう、と言うサヤカに、
「あのー、今、私だって、すぐにわかりました?」
と訊いてみた。
「何年一緒にいたと思ってんのよ。
なに、そのチャチな変装」
と腕組みしたサヤカは上から下まで万千湖を見る。
そのとき、
「サヤカさん」
と同じTシャツを着たメガネの男が呼びに来た。
「あっ、じゃあ、私、失礼しますねっ」
万千湖は二人にペコペコ頭を下げて、その場を去った。
慌てて一番奥の家に入ろうとしたが。
駿佑は玄関前、幼児たちにパンチされている、ゆらゆら揺れるうさぎの起き上がり小法師の側に立っていた。
駿佑の顔を見た瞬間、万千湖は、ホッとしていた。
今、一瞬、遠ざかりかけた日常が帰ってきた気がして。
万千湖は駿佑に微笑みかける。
「もうご覧になったんですか?」
「これからだ」
ありがとうございます、と待っていてくれた駿佑に礼を言い、二人で家の中に入る。
広い玄関ロビーに圧倒され、
「これ、家のほとんどが玄関じゃないですか?」
と言って万千湖は笑った。
「それで、挙式はいつ頃なんですか?」
家に入るとすぐやってきた営業の人と話しながら、広いキッチンを眺めていた万千湖は、ん? と振り返る。
今、なにを訊かれたのかわからなかったからだ。
『きょしき』ってなんだっけ?
その単語、何処で区切っていいのかわからない、と思う。
キョ シキ?
ナニ人だ……と思ったとき、駿佑が、その営業の人に、
「いえ、今回は彼女の実家を建て替えるので、その見学に来ただけなんです」
と説明していた。
「そうなんですか、ご実家を。
二世帯にはされないんですか?」
と営業の男性は笑顔だ。
ニセタイ。
ニセの鯛が万千湖の頭に浮かんだ。
何故か、足があって靴を履き、シルクハットをかぶった鯛だった。
さっきのキョ シキの影響だ。
……いやいや。
此処は住宅展示場だ。
二世帯に決まってるよな。
お兄ちゃんは一緒には住まないみたいだけどな、と思いながら、
「いいえ」
と笑顔で返す。
微妙に噛み合わない話を続け、パンフレットをもらって家を出た。
ちょうど、ヒーローショーが終わったところだったらしく、子どもたちの歓声と、司会の女性の元気な声が聞こえてきた。
万千湖がちょっと微笑んだとき、駿佑が駐車場に向かいながら、訊いてきた。
「まだ時間あるな。
昼食べる前に何処か行くか」
そこで、チラと万千湖を見下ろし、
「100均に行くか」
と言う。
はいっ、と万千湖は笑った。
「当選発表いつですかね? 家。
抽選一次とか二次とかあるみたいですけど」
「当たるわけないだろ」
と言う駿佑についていく。
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