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ささやかなる弁当
ひっ
しおりを挟む万千湖は念願のクレープを堪能しながら、ミニSLに乗ってはしゃぐ子どもたちを見ていた。
いい天気で緑も多い長閑な住宅展示場。
一回目ヒーローショーはもう終わったようだった。
「おいしいですね。
こんなものをタダでとか。
買ってあげないといけない感じがしますね」
「……クレープを?」
「家をですよ」
と目の前の大きな二世帯住宅を見ながら万千湖は言う。
「高いクレープだな。
その辺でクレープ買った方がよかったんじゃないか?」
「そうですね~。
美味しいですね、この出店してるお店。
今度行って買いたいですね」
ともう限定100食売り切って店じまいしているキッチンカーを振り返る。
「そういえば、さっきの住宅展示場のアンケート、課長が答えてくださったんですよね。
モデルハウスお譲りします、希望しますに丸されてましたけど」
「ああ、どうせ当たるわけないし、なんとなくな。
当たったら、お前の実家がもらったらどうだ」
「……でも、1800万でお譲りします、なんですよね。
まあ、あの大きさの家にしては安いですけど。
お求めやすい価格でって、お求めやすくない感じですが」
「お求めやすいであって、安いじゃないからな」
と言う駿佑を見上げて訊いてみた。
「でも、アンケート用紙、なんで一枚しかくれなかったんでしょうね?
二人いたのに。
二枚だと当選確率、二倍になったのに」
駿佑は口を開いて、なにか言いかけてやめた。
……グループに一枚なのかな、アンケート、と万千湖は思う。
その心の声が駿佑に聞こえていたら、
「ボウリング場とかじゃなくて、住宅展示場だぞ。
グループじゃなくて、一家族に一枚だろうがっ」
と突っ込まれていたことだろうが。
「……もうちょっと見てくか?」
と問われ、はい、と万千湖はキッチンカーの側にあったゴミ箱にゴミを捨てに行った。
すでに食べ終わっていた駿佑は建ち並ぶ家を眺めている。
どれに入ってみようかと思っているのだろう。
意外に楽しんでもらえてなによりだ、と思いながら、
「ご馳走様でした~」
と片付けをしているキッチンカーの人に挨拶して、にこやかに挨拶を返されたそのとき。
キッチンカーの後ろの木々の向こう、木陰のベンチに座っていた女性と目が合った。
茶髪でウェーブのついた髪をツインテールにしている。
着ているTシャツには、ヒーローショーのキャラのロゴ。
なにかの気配を感じたのか、木越しに振り返った彼女もこちらに気づいてしまった。
「マチ……ッ」
ひっ、と万千湖は息を呑む。
彼女に背を向け、走って駿佑の元まで戻り、その腕を軽く叩いた。
駿佑が振り返る。
「かっ、課長っ。
私、お手洗いに行ってきますっ。
先に見ていてください。
どの家にされますかっ?」
切羽詰まった口調だったが、場所が場所だけに、不審にも思われなかったようで、
「じゃあ、一番奥の家に行くから」
と言ってくれた。
「ありがとうございますっ。
すぐに追いつきますっ」
なにがありがとうございます? と思われたかもしれないが、万千湖は走って木々の向こうに駆け込んだ。
あっちから自分の許にやってこないように。
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