23 / 125
ささやかなる弁当
モデルハウスのアンケート
しおりを挟む駿佑に遅れて給湯室から出ると、いつもご機嫌な万千湖がやってきた。
「あっ、お疲れ様です~っ」
と挨拶してくる。
「お疲れ様。
大金の置き場所は決まった?」
と言うと、
「あっ、小鳥遊課長か、増本さんか、福田さんか、綿貫さんか、部長に聞きましたねっ?」
と万千湖は言う。
大金隠したいんじゃないの? しゃべりすぎでは……、と思い、笑った。
「白雪さんの冷凍食品、おいしかったから、買いに行っちゃったよ」
うは……と万千湖は一瞬、苦笑いしたが。
「でもあれ、どれもおいしいですよね。
私が厳選した冷凍食品なんで」
と胸を張る。
「そこ、威張るとこ?」
と言いながら瑠美が横を通った。
「お疲れ様で~すっ」
とこちらに向かい、愛想良く挨拶してくる。
万千湖と瑠美は並んで歩きながら、ふたりで仲良さげに揉めている。
「付き合いなさいよ、第一日曜日~っ」
「いや、用事が入るかもしれないんでっ。
用事が入るかもしれないんでっ」
となんの話だか騒いでいた。
日曜用事って、駿佑とのデートかな。
デートが入るかもしれないと思って、日曜は空けてるのかな?
ふーん。
見合いでもラブラブになったりするんだ。
まあ、社内恋愛と変わらないもんね、と思いながら、雁夜は笑っている万千湖の白い小さな顔を見る。
「意外となんの思い入れもない奴がさらってったりするもんだよね~。
僕、昔、ちょっと好きだったんだけどな」
と小さく呟いた。
駿佑の夢の中。
万千湖が雁夜にクマの腹巻を編んでいた。
お腹が弱い雁夜を心配してのことだろう。
別にうらやましくなんてない。
そんなことを思いながら、日曜の朝早く、駿佑は万千湖を迎えに行った。
万千湖はマンションの前に出て待っていてくれたが。
こちらに気づいた万千湖は笑顔で手を上げかけたが、そのままフリーズする。
なんだ、その半端な仏像みたいなポーズは、と思った駿佑は乗ってきた万千湖にそのままのセリフを言った。
「なんだ、その半端な仏像みたいなポーズは」
いや~、と苦笑いし、万千湖は言う。
「あれ、たぶん課長の車だな~と思ったんですが。
ちょっと自信がなくて。
違ったらどうしよう、と思って、上げかけたまま手を止めてしまったんです」
「じゃあ、ついでに下ろせ」
「はいっ、次回から気をつけますっ」
次回も俺かどうかわからずに、途中で止まる気か、と思う駿佑の横で、
「いや~、楽しみですね~」
と言いながら、万千湖はガサガサあの住宅展示場のチラシを出していた。
「あのあと、いろんな住宅展示場のイベント、ネットで見てみたんですが。
最近のは、何処もすごいみたいですね。
ヒーローショーとかだけじゃなくて。
動物園や水族館みたいになってたり。
楽しみですね」
「そうだな。
お前んちの実家を建て替えるんだったか?」
「そうなんですよ~。
私の部屋も作って欲しいんですが。
もう無理でしょうね」
と万千湖は笑う。
「実家に戻る予定があるのか?」
「いや、ないんですけど。
まあ、今、一人暮らし満喫してるし。
もしかしたら、いつか結婚するかもしれませんしね」
そう笑って万千湖は言った。
こいつは俺と見合いしたことをすっかり忘れているようだ、と思うと同時に、頭に昨日の夢が浮かんだ。
万千湖が雁夜にクマの腹巻を編んでやっている夢だ。
なんで今、あの夢が気にかかるんだろうな、と思いながら、駿佑は万千湖に訊いてみた。
「そういえば、この間古書店でなに買ってたんだ?
古い本みたいだったが」
「あ、ハーブの本です。
古い本の方がありがたい感じがして、いいなあと思って。
中世の魔女とかが使ってそうな感じがするじゃないですか」
「外国の本なのか?」
あんな分厚い異国の本が読めるのかとちょっと感心して訊いたが。
「いえ、日本語で書かれた日本の本なんですけどね」
まあ、雰囲気ですよ、と万千湖は言う。
「いろんなハーブの効能について書いてあって。
ハーブで安眠する方法とかいうの見てたんですけど。
字が小さすぎて、数行読んだだけで寝ちゃいました」
「……効果抜群じゃないか」
と言ってやったが、万千湖は、ははは、と笑っていた。
「実は今のマンションに持ってきてるんですよね、昔の教科書とか。
眠れない日に読むと一発ですからね」
「お前でも眠れないこととかあるのか」
「いやー、それが新しい職場なので慣れないことばかりで。
毎日、ぐったりなので、ベッドに入って灯りを消したら、すぐ意識ないんですけどね」
じゃあ、いらないじゃないか、教科書も安眠のハーブも……と思ったとき、万千湖が言った。
「そういえば、夫婦仲がよくなるハーブとかあったんですよ。
仲直りできるハーブティーとか」
でも、と万千湖は眉をひそめる。
「将来、役に立ちそうだなって思ったんですけど。
今、まさに夫に殴り殺されそうなときに、ちょっと待ってってハーブティー淹れられますかね?」
……それ以前に、お前は、夫に殴り殺されるような、なにをするつもりなんだ、と思いながら聞いていた。
「昨日、家の中になにかが!
と思ったら、まつぼっくりだったんですよ~」
という不思議な話を聞いているうちに、意外と近かった展示場に着いていた。
すでに駐車場はいっぱいだ。
先着何名様にプレゼント、とか書いてあったから、それでだろう。
「ありがとうございました」
礼を言いながら降りようとした万千湖だったが、
「はっ、シラユキッ」
と後部座席を見て驚く。
助手席の真後ろに、ちょこんとシラユキが座っているのに気づいたようだ。
「車に乗せてくださってるんですね」
ありがとうございます、と礼を言われた。
「うちのカチョウは今、おうちで留守番してますよ。
お日様に当てるとふかふかして、いい匂いなんで、たまに窓辺に立たせてるんですけど。
この間、うっかりそのまま窓辺に立たせてて。
戸締りするとき、スマホ見ながら、カーテンの開け閉めしてたら、カチョウの頭にカーテンがひっかかって、ちゃんと閉まってなかったみたいなんですよね。
近所の人が深夜のランニング中に、ふっと顔上げたら。
窓際に置いているモザイクガラスのソーラーライトの灯りに、カーテンの隙間から覗くペンギンが照らし出されてて、すごく怖かったそうです」
「……泥棒もそんな部屋入らないだろうから、防犯に役立ってそうでなによりだ」
そう言いながら、ふたりでイベントに行き、モデルハウスのアンケートにお答えした。
どうせ当たらないだろうし、と思いながら、なんとなく『モデルハウス一棟丸ごとお譲りいたします』のところの『希望します』に丸をする。
6
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる