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ささやかなるお見合い

デートのシールの使い道

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 日曜の昼。
 万千湖は駿佑と回転寿司に行っていた。

 カウンターに並んで座り、流れてくる寿司を見ながら、万千湖は言った。

「昨日、お昼に、増本さんと山の中のカフェに行ったんですよ」

「わざわざ山の中まで?
 ご苦労なことだな」

 いや、それが、とサビ抜きの海老を取りながら万千湖は語る。

「実は、この間、そのカフェがテレビで特集されたとき、お客さんの中に、すごいイケメンの人がいたらしくて」

「それでわざわざ行ってみたのか?
 行ったところで、その客がいるわけないだろう」

「私もそう言ったんですけどね」



「だって、二週間前のテレビに映ってたのよ!」

 土曜日。
 瑠美は、木漏れ日の中のオープンカフェでそう主張した。

 噂のイケメン様はいなかったが、程よく風も吹き、いい感じだった。

「二週間前……。
 そりゃいないんじゃないですかね」
と言いながら、万千湖は周囲を見回してみる。

 イケメン、と言えなくもない人たちもいるが、その人たちでは駄目らしい。

「だって、同じ土曜よっ。
 常連だったら来るでしょ!」
と瑠美は主張するが。

「それ、放送日ですよね?」

 万千湖は立ち上がった。

 レジ近くにいた女性の店員さんに話しかける。

 席に戻ってきた万千湖は、瑠美に言った。

「あのイケメンさん、第一日曜日によく来られるそうです」

「凄いわ、万千湖っ」

「いえいえ。
 実は他にも訊いてこられた方がいらっしゃったみたいで」

「ありがとうっ、万千湖っ。
 持つべきものは生意気で物おじしない後輩ね!」

 ……喜んでいいのだろうか。



「てなことがあったんですよ」
とサビ抜きの海老を食べながら万千湖は言う。

「恐ろしいですね、イケメンという存在は。
 あんな山の中まで、いるかいないのかわからないのに人を呼び寄せてしまうとは……」

 そこで万千湖は周囲を見回した。

 今、私の横にもすごいイケメン様がいる。

 あんなイケメン様と寿司を食べるとはっ、とか誰かに妬まれて。
 何処からか吹き矢とかで狙われてしまうかもしれない、と思ったのだ。

「……なにをしている」

 キョロキョロしていたせいか、不審がられてしまった。

 あー、いえいえ、と適当な返事をしながら、万千湖はサビ抜きの海老を食べた。

「そういえば、これ、欲しいんですよね」
 万千湖は目の前にある蛇口を見る。

 お湯が出てくる蛇口だ。

 グラスフィラーとかいうらしいが、まあ、お湯が出てくる蛇口だ。

「このお茶が出るやつ」
「お湯だろ」

 いや、まあ、そうなんですけど。
 此処ではお茶しか作らないので、つい、そう言ってしまいますよね……。

「なにに使うんだ?」
と問われ、万千湖は悩む。

 そういえば、漠然とただ、欲しいなと思っていたけど。
 自分はなにに使うつもりだったんだろうな、と。

「……カップ麺つくるとか」

 黙って、駿佑は自分を見ている。

「……インスタントコーヒーを淹れるとか」

 黙って、駿佑は自分を見ている。

 まだなにか言わねばならないかと、万千湖は、また口を開いた。

「……カップ焼きそばを作るとか」

「いや、お茶を入れろよ」
 っていうか、カップ麺とカップ焼きそばは、違うのかと言われた。

 そのあと、万千湖はお湯の蛇口がコタツの前にあったら、なにに使うか、という話で駿佑と盛り上がりながら、サビ抜きの海老を食べた。

「なにに使うかは意外と思いつかないですけど。
 コタツにお湯の蛇口って、夢が広がりますよね。

 いろんな果物やお菓子がなる木が家の中にあるみたいで」

 わかってもらえるのかどうかわからない例えをしながら、笑って次の皿をとろうとした万千湖だったが。

「待て」
と駿佑に腕をつかんで止められる。

「お前、サビ抜きの海老しか食ってなくないか?」

「いや~、だから、回転寿司がいいかなって」
と万千湖は笑う。

「心のままに食べられるではないですか」

 普通の店でやったら、大将の顔が険しくなりそうだ。

「でも、今日誘ってくださってありがとうございました」

 そう言い、笑って見つめると、何故か駿佑は少し動揺したような顔をした。

「おかげで、約束のシールも使えました」

「……なんだ、約束のシールって」

「スケジュールシールの約束のシールです。
 いつも、つい、ランチとか、呑み会とかのシール貼っちゃって。

 約束ってあんまり使うことないですよね。
 あと、待ち合わせも。

 そういえば、デートのシールも使ったことないです。
 あっ、でも、今度課長と使えますね」
と万千湖は笑う。

「でも、三枚か~。
 今までの人生、デートのシールは使ったことないので。

 年々溜まってくんですよね。
 三枚しか使わなかったら、あと、この先どうしたらいいんですかね」

 ははは、と笑う万千湖に、

「三枚しか使わないって。
 お前、一生俺としかデートしない気か」
と駿佑が言う。

「いやあ、他にあてもないので」


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