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わたし、人の心が読めるんです

お前の言うことなら信じたいが……

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 絶対、違うと思うぞとか言われてしまいましたよ。

 まあ、にわかには信じ難いですよね、と咲子は思っていた。

「わたし、小さなころから人の心が読めたんですけど。
 何故か、あなたの心だけ読めないんです」

 そう告白してみたが、行正は冷静に言ってくる。

「いやいや、誰の心も読めてないと思うぞ。
 むしろ、誰よりも読めてないと思うが……」

 何故、そんなことを思った? と言う行正を寂しく見ながら咲子は言った。

「私の言うこと、信じてくださらないのですね」

「お前の言うことなら信じたいが……」

 行正はそこで口ごもる。

 ああ、言うのではなかったですっ。

 夫なので、いつまでも黙っているのもと思い、告白してみましたが。

 行正さんを困らせてしまったようです。

「すみません。
 忘れてください。

 行きましょう」
と咲子は、しょんぼり歩き出す。

 ああ、せっかくの二人でのお散歩、だいなしにしてしまいました。

 だが、向こうから可愛い犬がやってきた。

 真っ白でふかふかの犬は金持ちそうな太ったご主人に連れられ、散歩している。

「行正さんっ、めちゃくちゃ可愛い犬がっ」

 人懐こい犬は咲子たちを見ると、尻尾をふりふり、飛びかかるようにやってこようとして、

「すみませんっ」
と苦笑いするご主人に紐を引っ張られていた。
 

「私の言うこと、信じてくださらないのですか?」
と咲子にさみしげな顔で言われた行正は、

「お前の言うことなら信じたいが……」
と言いかけ、口ごもった。

 しまったっ。

 こいつの心が読めるとかいう妄想に付き合うべきだった。

 俺のことだけ読めないとか言ってるから、それを認めれば、俺だけ、こいつの中で特別な存在、みたいな感じになれたのにっ。

 だが、もう遅い。

 咲子は、
「忘れてください」
と言って、しょんぼり歩き出す。

 行正も、内心、しょんぼりしていた。

 咲子の特別な存在になりそこねたからだ。

 だがまあ、嘘はいかん。

 すぐにボロが出るしな。

 それにしても、せっかく楽しく散歩をしていてたのに、咲子の元気がなくなってしまった。

 どうにかしてやらねば。

 なにをしたら、機嫌がよくなるだろうか。

 咲子が観たがっていたオペラのチケットでも手に入れるか。

 いや、そんなの待てないな。

 今すぐ、こいつに笑ってもらいたい。

 打ちひしがれた様子の咲子を見ているだけで、こっちまで、胸がきゅーっとなってくるから。

 一体、どうしたらっ、と行正が苦悩したそのとき、向こうから、白いもふもふの犬を連れた男がやってきた。

「行正さんっ、めちゃくちゃ可愛い犬がっ」
と咲子は浮かれる。

 ……今、この世の終わりみたいな顔してたのに。

 なんて切り替えの早いやつだ。

 呆れたのと安堵したのとで、行正は自然に微笑んでいた。

 こちらを見ていた咲子が、えっ? と驚いた顔をしたあとで、何故かちょっぴり赤くなる。


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