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蝋人形と暮らしています

お前の作った料理とやらを見せてみろ

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 美世子さんちは電話があるから、一緒に行かないか訊いてみよう、と咲子は早速電話する。

 通話料は高いが、電話の便利さはすでに浸透していて。

 電話を家や会社に設置したい人は増えていた。

 だが、未だ需要に供給が追いついていない状態なので、電話がある家は少なかった。

 ちなみに文子の家に電話がないのは、単に、文子の祖父が、
「電話なんて便利なものがあると、ゆっくりしたいときにも、いろいろ仕事の話が入ってきて面倒だから」
と主張しているからだ。

 咲子は居間の窓際に置かれたソファに座ると、電話番号簿で美世子の家の電話番号を探す。

 横のテーブルにある卓上電話機のハンドルを回し、電話局の交換手に美世子の家の番号を告げた。

 荻原家で電話をとった女中さんが、すぐに美世子を呼んでくれる。

「お料理教室?
 いいじゃない。
 行きましょうよ」

 暇を持て余しているらしい美世子はかなり乗り気だった。

「お姉様方が呼んでくださるお料理教室もいいけど。
 瓦斯ガス会社がやってるのもいいわよ。

 瓦斯でのお料理を広めるのにやってるんですって。
 そうだ。
 このお話するのに、みんなで集まりましょうよ」
とすぐに話を進めてくれた。

 

「料理を習っているそうじゃないか」

 数日後、咲子は夕食の席で行正に言われた。

 ……何処から知れたのでしょう。

 瓦斯会社のではなく、美世子さんの知り合いのおうちで開かれるお料理教室にしてしまったからでしょうか。

「はい。
 緑子さまのおうちで、西洋人のシェフに習っているのですが。
 そちらでも、瓦斯でのお料理を教えてくださると言うので」

 いきなり作って驚かせたかったんだけどな、とちょっと残念に思う咲子に行正が言う。

「夫が試食に行くこともあるそうじゃないか」

 華族や資産家の家の妻や娘ばかりが集まる料理教室なのだが。

 たまに夫や家族を招待して、試食してもらうこともあるらしい。

「そうなんですけど。
 我々はまだそんな域には達してなくて。

 お土産として、持ち帰ったものはあるんですが」

 ほう、と行正が少し身を乗り出したように見えた。

『お前の作った料理とやら、見せてみろ』
と心の声が聞こえてくる。

 いや、持って帰ったときは、眺めてないで食べてくださいよ、と思いながら、咲子はそれをとってきた。

「本日作りましたフルーツのサンドウイッチの……

 試食のとき出されたコカコラです」

 咲子はゴトン、とテーブルに瓶のコカ・コーラを置いた。

「サンドウイッチはどうした?」

「全部食べました。
 まだ、とても行正さんにお出しできるような代物ではありませんでしたので」

「いや待て。
 切って詰めるだけでは?」

 どうやったら、お出しできない物になるんだっ、と行正は言う。

「……美味かったか? フルーツのサンドウイッチ」

「……美味しかったです」

『美味すぎて、全部食ってしまったんだろう』
という行正の心の声が聞こえてきたが。

 いえいえ、不恰好だったからですよ。
 いや、ほんとうに、と咲子は思う。

 まあ、千疋屋で仕入れてきたというフルーツがどれも完熟で溢れんばかりの果汁が美味しく、止まらなかったのも確かですが。

「コカコラ、三本いただきましたので、一本、どうぞ」

「じゃあまあ、いただこうか」

 冷えているコカコラを女中がグラスに注ごうとしたが、行正は止めた。

「いや、このままの方が美味い気がするから」

 そこで、ふと気づいたように行正は呟く。

「……さっき、瓦斯を使った料理を教えてくれるから、緑子さんのところに習いに行ったと言わなかったか?」

「はい」

「フルーツサンドウイッチとコカコラの何処に瓦斯を使ったんだ」

 咲子は少し考え、言う。

「……そういえば、テーブルの上に瓦斯ランプがありましたね。
 素敵でした」

「なにかこう、お前の周りはゆっくり時が流れているな」

「はい、ありがとうございます」

 全然礼を言うところではない気もしたが、とりあえず、言ってみた。

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