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蝋人形と暮らしています

咲子の愛読書

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 食事をしながら、行正は、まだ悩んでいた。

 悩みながらも、ちょっと妻、咲子に話しかけてみる。

「ところで、お前は昼間、なにをしているんだ?」

「はあ、いろいろ。
 えーと、本など読んでいます」

 なにかいろいろ含みのある口調だったから、なんかしょうもないことをいろいろしてるんだろうなと思う。

 ほんとうにこの妻は、顔を見ているだけで、考えていることがわかる。

「どんな本を読んでいるんだ?」

 えっ? と咲子は驚いた顔をする。

 私になど興味ないでしょうに、何故、そんなことを訊くんですか?
という顔だった。

「は、流行りの探偵小説や……
 婦人向けの雑誌ですかね?」

「ほう、面白いか」

 面白いです、と言う咲子に、
「では、俺も読んでみようか」
と言うと、ちょっと嬉しそうだった。

 ちょうど食べ終わっていた咲子は立ち上がり、いそいそと本を持ってくる。

「どうぞ。
 『婦人画報』と『主婦之友』です」
と渡してくる。

 いや、そこは探偵小説では……っ!?
と思いながらも、

「ありがとう。
 読んでみよう……」
と行正はそれを受け取った。
 


 次の日の朝、咲子が起きると、行正はいなかった。

 自室で眠ったのかな? と思っていると、やってきて、咲子に昨夜の本を返してくる。

「お前のお薦めの本。
 歯を食いしばって読んだぞ」

 ……いやあの、そこまでして読んでくださらなくても結構なんですけど、と苦笑いしながら、咲子はそれを受け取る。

 自分の愛読書は、彼にはつまらない本だったようだが。

 夜中起き出して自室に行き、わざわざ読んでくれるだなんて。

 私のことを理解してくれようとしている気がして、ちょっと嬉しいな、と咲子は思った。

 まあ、行正からは、

『いくら莫迦嫁とは言え、嫁。
 少しは歩み寄らないとな』
という心の声が聞こえていたのだが。

 ――でも、少し嬉しかった。

 
 ようしっ。
 莫迦嫁なりに、なにか頑張ってみようっ。

 行正さんの心遣いに応えなければ、と咲子は張り切る。

 そうだ。
 お料理教室に通ってみるとか、どうだろう?

 自分で食事を作ることなんて、まずないし。

 そんなことしたら、雇っている料理人に悪い気がするけど。

 教養として必要だというので、女学校でも少し習ったし。

 女学校の先輩たちから、自宅でシェフを招いて、西洋料理の教室を開いているから、一緒にどう? と誘われたこともある。

 よしっ。
 文子さんたちを誘って行ってみようっ。

 そんなことを考えていたら、なにかすごく楽しくなってきて、咲子は笑顔で行正を見送れた。

 すると、行正も笑う、までは行かないが、いつもより穏やかな顔で出かけていった。

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