上 下
11 / 44
蝋人形と暮らしています

新婚生活、どうなのよっ?

しおりを挟む
 
 数日後、早速呼んだ美世子たちが屋敷を訪れた。

 何故でしょうね?

 一番仲がよくなかったはずの美世子さんの顔を見ると、一番、女学校時代が蘇ってくる感じがするのは。

 一番、印象が強かったからでしょうかね?
と咲子は苦笑いする。

 お庭でのガーデンパーティにしたのだが、美世子は庭の花や背もたれの部分が繊細な葡萄の蔓柄になっている青銅色のガーデンチェアにあれこれ言いながら、はしゃいでいた。

 ちょっと騒がしすぎて、みんな引き気味になっているが。

 まあ、みんな楽しそうでよかった、と思いながら、行正の母が取り寄せてくれた英国の紅茶を飲む。

「素敵ですわ」
「さすが三条家のお屋敷ですわね」
と庭を眺めて友人たちが言ったとき、美世子が、ずい、と身を乗り出し、訊いてきた。

「行正さまはまだ帰ってらっしゃらないの?」

「……帰るわけないじゃないですか」

 まだ昼間ですよ。

 っていうか、なにしに来たんですか。

 美世子さんも新婚ですよね? と思ったのだが。

 美世子の目には、心を読むまでもなく、
『行正さまの美しいお顔を拝みたい』
と書いてあった。

「で、行正さまとの新婚生活はどうなの?」
と美世子に訊かれ、少し離れたここまでいい香りを届けてくれる薔薇を眺めながら、咲子は溜息をつく。

「どうなのもなにも、すぐに捨てられそうな気がします」

 すると、美世子は喜んだ。

「そうなのっ?
 何故?

 どうしてっ?」

 ……いや、美世子さん、そんなあからさまに、と思いながらも咲子は言った。

「行正さんは、さっさと子どもを作って、私をポイ捨てしたいんですよ。
 おかげで、毎晩もてあそばれて……」

「なにそれ、惚気のろけっ!?」
と美世子が立ち上がるので、咲子も立ち上がる。

「そうじゃないですよっ。
 行正さんは、ほんとに三条家の跡継ぎを早く作って、私から自由になりたいだけなんですよっ。

 毎晩、そう言ってますもんっ」

 まあっ、お可哀想にっ、と美世子以外の純粋な友人たちが青ざめて震える。

 いや、美世子が純粋でない、と言っているわけではないのだが……。

「行正さまが?
 そう言ってるの?」

 ちょっと不審げに美世子はそう言った。

「行正さまって、確かに女性にお優しくはないけど。
 わざわざベラベラそんなことしゃべって怯えさせたりするような方ではない気がするんだけど」

 いえですから、そこのところは、私が聞いてしまった、心の声なのですけどね。

 まあ、確かに、口では余計なことは言わない人ですよね。

 心の中では言ってますけど。

 ……それにしても、外でも女性には優しくないのですね。

 そう聞いて、咲子はちょっとホッとしていた。

 あまり女性に人気の夫も困る、と思っていたからだ。

「そうなのですか。
 行正さまって、遠くからしか拝見したことないのですけれど。

 お優しくはない方なのですね」

「女性に気を使われない方は、今の時代、ちょっと……」
と友人たちの間で、行正の評判がいちじるしく下がってしまった。

 それも申し訳ない気がしてきて、慌てて、咲子はとりつくろう。

「で、でもあの、車に乗り降りするときなどには、いつも、さっと手を貸してくださるんですよ」

 そこに、やはり行正を悪く言われたくない美世子が加勢する。

「それに、なんといっても、美しいあのお姿。
 お側に並んで立つのが嫌になるくらい神々しいですわっ」

 だが、
「さっと手を貸すのは当然ですわ」

「側に並んで立つのが嫌なくらい美しい殿方も困り物ですわね。
 咲子さまなら、問題ないでしょうけれど」
と言われてしまう。

 一度、悪くなった印象、良くするの難しいっ、と咲子は更に言いつのった。

「車に乗るとき、手を貸してくださるだけじゃなくて。
 たまに、ひょいとお姫様抱っこでベッドまで運んでくださったりしますよっ」

 いや、無表情にやるので、ちょっと怖いんだが……と内心思っていたが。

 友人たちは、案の定、
「素敵。
 異国の王子様みたいですわね」
とうっとりと言いはじめる。

 だが、そこで、共闘していたはずの美世子がキレた。

「ちょっと、なに惚気てんのよーっ」

 ええーっ!?

「どうせ、うちなんて、忙しくて、いつも旦那様いないしっ。
 昔気質かたぎな人なんで、お姫様抱っこどころか。
 車乗るとき、手を貸してもくれないわよーっ」

 私、やっぱり、行正さまと結婚するーっ、と美世子はわめき出す。

「いやいやいやっ。
 行正さんこそ、ちゃんと口での会話が成り立たない蝋人形ですよっ」

 行正が聞いていたら、
「……お前、俺を上げたり落としたり忙しいな」
と言ってきそうだったが。

 そのとき、お茶を飲みながら、珍しく沈黙を守っていた文子がカップを置いて言った。

「私、輿入れが決まったのですけれど」

「え? あ、おめでとうっ」

「そうなの?
 あら、おめでとう」
と美世子と言ったが、文子に、

「……なにかお二人のせいで、結婚生活に不安しかなくなりました」
と言われてしまう。

 いやいや、ごめんって、と美世子と二人、謝り、なんとか結婚生活の良い面をほじくり出して語ってみた。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ
恋愛
 ケダモノを148円で買いました――。   「結婚するんだ」  大好きな従兄の顕人の結婚に衝撃を受けた明日実は、たまたま、そこに居たイケメンを捕まえ、 「私っ、この方と結婚するんですっ!」 と言ってしまう。  ところが、そのイケメン、貴継は、かつて道で出会ったケダモノだった。  貴継は、顕人にすべてをバラすと明日実を脅し、ちゃっかり、明日実の家に居座ってしまうのだが――。

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~ その後

菱沼あゆ
キャラ文芸
咲子と行正、その後のお話です(⌒▽⌒)

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

処理中です...