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箱から出てこない箱入り娘

触れてはいけない繊細な部分に触れてしまったようだ

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「おっ、お疲れ様でしたーっ」

 仕事を終えたあまりは、急いでカフェから出る。

 海里が来ると言った時間までは、かなりあったが、落ち着かなかったからだ。

 帰り際、何故か成田が持たせてくれた防犯ブザーを握り、通りに出ると、パッタリ見知った顔に出会ってしまった。

 相手はすぐに呼びかけてくる。

「あら、南条あまり。
 どうしたの?」

 大崎だった。

 スレンダーな身体で、大人にも似合う細身のジャンパースカートを着こなしている。

 落ち着いた印象のネックレスもおよそ自分には似合いそうにないものだった。

 うっ、格好いい。

 思わず、足を止めて眺めてしまうと、大崎はニヤリと笑い、
「何処行くの? 海里と待ち合わせ?」
と訊いてくる。

 その様子に、やはり、この人、海里さんとはなんにもないのかな、と思う。

 ただ面白がっている風に見える。

「面白いのよ、海里。

 貴方と出会ってから、日々、のたうち回ってるの。
 あの、しれっと冷めてた男が」

 くくく、とほんとに可笑しそうに笑っていた。

「あいつ、今まで人が恋愛で苦しんでても、口では同情するようなことを言いながら、さっさと次に行けばいいのにくらいにしか思ってなかったのよ。

 なのに、我が身に降りかかったら、てんで情けないじゃないのー」

 ……実に楽しそうだ。

 困った友だちだな、と思う。

 友だち……

 友だちなのかな?

 ご親戚?

「あのー、大崎さんは、海里さんのご親戚なんですか?」
と訊くと、

「海里、なんて言ってたの?」
と訊き返された。

「いえ、海里さんはなにも。
 ただ、大崎さんってお名前は、海里さんのお姉さんの名字と同じだと伺ったものですから」

 そう言うと、大崎は笑い出す。

「そうよ。
 海里の姉の名前は、大崎麻里子。

 だから、私と海里は親戚よ」

 そう……、親戚よね、と口の中で繰り返したあとで、

「そのうち親戚じゃなくなるかもしれないけどねー」
とまた笑い出した。

 やばい。
 なにか触れてはいけない繊細な部分に触れてしまったようだ。

 その異常なテンションに、あまりは後ずさりする。

「そ、それでは失礼致しまして」

 ごにょごにょ言いながら逃げようとして、
「待った」
と首筋に指を入れられ、襟をつかまれる。

 意外に骨ばった手に、何故かゾクリとしてしまった。

「あんた、今から暇?」
 背後から間近に顔を寄せ、大崎は訊いてくる。

「は、はい……。
 あ、いえ」

 なにか不穏なものを感じ、暇ではないと言おうとしたが、遅かった。

「暇なのね」
と鋭い声で断定される。

 全部顔と声色に出てしまう性格なので、見破られたようだ。

 大崎はあまりの手許を見、
「……なに防犯ブザー握ってんのよ」
と言ってくる。

「ああ、すみません。
 なんとなく……。

 でもあの、後から、海里さんがうちに来られるようなのですが」

 そう言い訳のように言ってみたが。

「海里なんて何時になるかわかったもんじゃないじゃない。
 ちょっとよ、ちょっと。

 ご飯食べるのくらい付き合いなさいよ。
 どうせ、私の休憩時間なんてそんな長くないから」

 なんだったら、この店でもいいわよ、と大崎は背後のカフェを見る。

「美形の店員さんも居るし」
と先程から心配そうにこちらを窺っている成田を見て笑う。

「ま、此処であんたが、海里と旅行に行ったこととか、ペラペラしゃべってもいいんならだけど」
と言うので、

「いっ、行きましょうっ、大崎さんっ。
 行きましょうっ」
とあまりの方から腕を組むと、成田に頭を下げながら、大崎を引きずって逃げた。

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