あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

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カフェ店員のやんごとなき事情

紹介しよう。こいつが俺を振った女だ。

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 いや、寄っていこうって、何処に? とあまりは思っていた。

 今の話の流れからいって、あのショップなのだろうが。

 何故?

 どうして?

 っていうか、この人、入ったことあるの? などと考えているうちに店の前まで来ていた。

 わあー。

 首のないマネキンが小粋に着こなした、大人っぽい服がショーウインドウに並んでいる。

 ……こういうの憧れるけど、私はまだ着こなす自信ないな。

 あ、こっちなら大丈夫そう、と少し可愛らしい雰囲気のスーツを見ていると、海里が、
「行くぞ」
とガラスのドアの前で言う。

 あれ? 少し笑ってたような。

 だが、残像しか見えなかった。

 なんだか貴重なものを見そびれた気分だな、と思いながら、海里にドアを開けてもらって入る。

 此処は自動ドアではないようだった。

 恐らく、いろんな客の好みに合わせているためだと思うが。

 大抵、いいな、と思う店でも、この服は好きじゃないな、と思うものがあるものだが。

 此処にはそれがないな、と思いながら、店内を見回していると、
「あら、海里。
 いらっしゃい」
と台の上にコーディネートされて置いてある服を直していた女がこちららを向いた。

 長身ですらりとした美女だ。

 顔も目も少し細すぎる気がしたが、この店に合った品のいい美人だ。

「可愛いお嬢さんね。
 って、誰、これ?」
とあまりを見て笑いながら、気安く海里に話しかけてくる。

 海里は、
「俺を振った女だ」
と言い、店内を見回しながら、

「うちの会社に合うようなスーツを五、六着見繕ってくれ」

 ああ、一応、こいつの意見も聞いてな、と付け足して言う。

 いやいやいやいや。
 振ったって。

 見合いというものを断っただけじゃないですか。
 貴方に会う前に~っ!

「優しいのね」
と笑う彼女は、大崎おおさきというネームプレートをつけていた。

 どうやら、店長のようだ。

「自分を振った女に服買ってやるの?
 っていうか、なんで、あんたの会社に合うような服?」
と問われた海里は、

「俺と結婚したくないからって家出したらしい。
 そこのカフェで働いてるのを見つけて、捕獲したんだ。

 うちで二週間雇うことにしたから、こういうピラピラのワンピースとかじゃない服、揃えてやってくれ」
と言う。

「じゃあ、制服代みたいなもんね」
と大崎は笑った。

「ねえ、カフェって何処のカフェ?」
と問われ、海里が店の場所と名前を言うと、

「あら、素敵。
 私、よくあそこに珈琲買いに行くわ。

 イケメンの店員さんが居るわよね、背の高い」
と言い出した。

「成田だろ」
と海里は眉をひそめる。

「あら、お友だち?」

 そう大崎が訊くと、いや、そこまでじゃない、と答えていた。

 ふーん。
 成田くんか、と笑った彼女に、海里は、
「……やめとけ」
と言う。

 なんだろうな。
 大崎さんが成田さんがいいと言ったら、機嫌が悪くなったような。

 もしかして、この人、大崎さんを好きだとか?

 この大人っぽい綺麗な人を?

 じゃあ、私なんぞが見合いを断ろうと、どうでもいいではありませんか、と思ってしまう。

 ……プライドの問題だろうかな。

 それにしても、やっぱり、この人、やめておいてよかった、と思っていると、いきなり、
「おい」
と呼びかけられた。

 ひっ、と身をすくめて見ると、
「早く決めろ、時間がないんだ」
と言ってくる。

「あら、時間がないんなら、海里は帰ればいいじゃない。
 こんなときに急かす男は最低よ、ねえ?」
と大崎はこちらを振り向く。

 その迫力に、あまりはただ、こくこくと頷いた。

「……なに徒党組んでんだ」

「女はさ。
 どれにしようかな? あれにしようかな? とか考えてるときが楽しいの。
 ねえ?」
とまた振り向かれ、頷くと、海里は、こちらを見、

「お前は操り人形か。
 首に糸でもついてんのか」
と言ってくる。

「いいから黙ってなさいよ。
 この子、たぶん選ぶの早いわよ。

 ねえ?」
と言われ、また頷く。

 ……早く選ばないと、二人に殺されそうだ、と思っていると、大崎はベージュのスーツを見せてきた。

「これなんてどうかしら?」

 色は落ち着いているが、形は大人っぽすぎるというほどでもない。

 これなら似合うかな、と思っていると、
「着てみて。
 まあ、スタイルいいから、どれでも、それなり似合うとは思うけど。

 顔がちょっと幼いから、あんまりセクシーなのはね」
と言ってくる。

 うっ、と思っていると、海里がスマホでなにかをチェックしながら言ってきた。

「うちの会社にセクシーとかいらないぞ」

「そうだけど。
 この子、海里の秘書にするんじゃないの?」

 海里が顔を上げて訊く。

「なんで秘書だとセクシーが必要なんだ?」

「秘書って、おじさんの膝に乗って、羊羹とか食べさせる人かと思ってた」

 自分と似た発想だな……とあまりは思う。

 あっけらかんと言う大崎に、海里は呆れ、言っていた。

「おじさんじゃなくて、俺の秘書だ。
 というか、秘書室勤務は合ってるが、そいつにはお茶を淹れさせるだけだぞ。

 こんな一滴も色気のないような奴にそんなこと要求しない」

 こんな一滴も色気のないような奴ではない秘書の方にはなにか要求されているのでしょうか……と思いながら、見ていたが、海里はまた、スマホに目を落としてしまう。

「はいはい、うるさいから、早く決めましょ。
 これとこれとこれを着て」

 大崎は、何枚か服を手に取り、あまりに試着室に入るように言ってくる。


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