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王子はまだ穴を掘っています

唐突に殺し文句を言うのはやめてくださいっ

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「お前、暇じゃないのか。
 毎日、そんなとこにしゃがんでて」

 その夜、王子が穴を掘る手を止め、朝霞に言ってきた。

「いえ、そんなことはないです。
 でも、できれば手伝いたいです」
と言ってみたのだが、

「危ないから下がってろ」
と王子はそっけなく言ってくる。

 やめてください。
 そういう口調とか、目つきとか。

 くらりと来てしまうから――。

 でも、これ、夢の王子で先輩とは違うんだよな、と朝霞は思う。

 だがきっと、これが私の中の先輩のイメージなんだろうから、この人に、くらりと来ても、先輩に来てるのと同じなのだろうな、とも思っていた。

 っていうか、日々、王子が此処で穴を掘っているので、乙女ゲームのはずなのに、新しいイケメンが出てこないのだが……。

 いや、それは私が現実に出会わないからかな、イケメンに、と思っていると、誰かが洞穴を訪ねて来た。

 残念ながら、騎士団長だ。

 まあ、イケメンには違いないのだが。
 兄そっくりだからな、と思っていると、騎士団長は、

「王子、朝霞姫、差し入れです」
と言って、ラップされた皿を出してきた。

 おむすびが載っている。
 スープジャーには味噌汁まで入っていた。

 私は働いてないんだけど、と思ったが、騎士団長は、
「王子を見守ってくださっているので」
とその夜食を恵んでくださる。

 美味しい……。
 お母さんが作ったのと同じ味がする。

 きっと、寝る前、まだ勉強してるおにいちゃんに、お母さんが夜食作ってるの、見たからだろうな、と朝霞は思った。

 ぱっと見、チャラくさい兄だが、実はやるべきことは、きちんとやっている。

 そりゃそうだよなー。
 いくら元の頭が良くても、努力なくして、あの学校でトップクラスにいられないよなー、と思いながら、

「ありがとうございます。
 ご馳走様でした」
と綺麗にカラになったお皿を返す。

 すると、騎士団長は、休憩中の王子に言った。

「まだ頑張られますか?」

 もう気が済んだのでは?
という口調だった。

「いや、俺は宝石が出るまで掘る。
 この先に、大量の宝石が眠っていると聞いたし」

 そう言う王子に、
「……そうですか」
と言う騎士団長はちょっと物言いたげだったが、結局、言わなかった。

 やっぱり、この先に宝石があるなんて、ただの伝説なのかな?

 せっかく一生懸命、王子が掘っているので言えないだけとか?
と思ったとき、騎士団長が洞穴の外を窺いながら、言ってきた。

「ところで、先程から、何者かがこの穴を覗いていましたよ。

 野盗の類いだといけないので、我々はこの近くに警備も兼ねてキャンプを張りますね」
と言い出す。

「別にいいぞ。
 俺は大丈夫だし。
 朝霞ひとりなら、俺が守れる」

 ぐはっ、やめてください。
 唐突にそういう殺し文句を言うのっ、と朝霞は赤くなっていたが、騎士団長は王子の話を聞いてはおらず、

「張ります、ベースキャンプ。
 この近くに。
 久しぶりですよ、野営~」
と楽しそうに言っている。

 ……張りたかったんだな、自分が。

 そういえば、あまりアウトドア派ではない兄だが、キャンプは好きだ。

 意気揚々と王子を置いて、野営しに行ってしまう騎士団長は、完全に本来の目的を忘れている感じだか。

 朝霞は気になっていた。

 ……誰が此処を覗いていたんだろう?

 大量の宝石が眠るという、この洞穴を、王子が掘っているというので、ぶんどろうと目論んでいる悪党たちとか?

 今のところ、宝石、出そうにもないので、むしろ、一緒に掘って欲しいくらいだが、
と思いながら、朝霞が穴から少し顔を出して、外を見ると。

 なるほど。
 林の陰でサッと人影のようなものが動いた。

 やっぱり誰かいる?
と思ったとき、誰かが後ろから、ぐっと強く腕をつかんできたので、悲鳴をあげそうになったが、王子だった。

 よろけた弾みに王子の胸に朝霞の頭がぶつかった。

「危ないじゃないか」
と王子は朝霞を抱きとめて言う。

「そんなところから顔を出すな。
 誰かに連れ去られたり、見初められたりしたら、どうするんだっ」
と王子は叱責してくる。

 いや、見初められるは別にいいんじゃ……と思ったが、ちょっと嬉しかったので、素直に洞穴内に戻り、またしゃがんでみた。

 だが、王子は、よしっ、と犬に言うように朝霞に言い、すぐにまた穴を掘り始める。

 うーむ。
 飼い犬が迷子になりかけたので、引き戻した、くらいの感じかな?

 もうちょっと愛されたい……、
と思いながら、朝霞は朝まで王子の背を飽きることなく見つめていた。



 それにしても、誰が覗いていたんだろう――。



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