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第五章 再会編

あっけない最後

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その時、鈍い音がしたと思ったら、何かが吹っ飛び、岩が砕けるような破壊音がした。
な、何…?今の音は…?恐る恐る目を開ける。
見れば、目の前に黒髪を靡かせたルーファスの後姿があった。

「…ルーファス様!」

「リスティーナ!大丈夫か?」

振り返ったルーファスはすぐにリスティーナに駆け寄る。
さっきの男の姿がない。見れば、数百メートル先にある岩壁から土埃が立っていた。
土埃のせいでよく見えない。
もしかして、ルーファス様が魔法か何かで助けてくれたのだろうか?

「ん?その女は…、」

その時になってルーファスは漸くエルザの存在に気付いた。
一瞬、リスティーナの腕に抱かれている瀕死状態のエルザを見下ろすが、リスティーナが怪我をしているのを見ると、

「リスティーナ。怪我をしているのか?見せてみろ。」

「わ、私は大丈夫です!でも、あの、エルザが…!エルザが酷い怪我をしているんです!早く手当てしないと…!」

リスティーナがエルザを抱き締めて、泣きながら言った。

「エルザ?ということは、その女が君の乳姉妹の侍女か?何でここに…。」

「訳は後で説明します!お願い!ルーファス様!今はとにかく、エルザを屋敷へ…!」

すると、ルーファスは懐から、乳白色のポーションを取り出した。

「なら、これを飲ませるといい。上級ポーションだから、すぐに効くはずだ。」

上級ポーション!?そんな高価な物を…。
でも、上級ポーションなら、エルザが助かるかもしれない!
リスティーナは驚きながらもルーファスにお礼を言って、ポーションを受け取ると、エルザの首元を腕で支え、

「エルザ!しっかりして!ポーションよ。これを飲めば助かるわ。さ、飲んで。」

まだ息がある。エルザの口元にポーションを流し込む。
リスティーナが必死に呼びかけて、飲むように促すと、エルザはゴクッと無意識に飲み込んだ。
すると、パアアアア、と白い光がエルザの身体を包み込み、見る見るうちに傷口が塞がった。
すごい…!こんなに強い光は初めて見た。綺麗…。
エルザは目を瞑って、穏やかな寝息を立てている。どうやら、眠ってしまったようだ。

「エルザ…!良かった!」

リスティーナはエルザをギュッと抱き締めた。生きてて、良かった…!助かって良かった!

「リスティーナも早くこのポーションを飲むといい。君だって、ひどい怪我をしているんだから。」

ルーファスはそう言って、二本目のポーションをリスティーナに渡した。

「ルーファス様…。あの、ありがとうございます!助けてくれて…。それに、エルザの命も救ってくれて…。何て、お礼を言ったらいいか…。」

「気にするな。それより、君の傷を治すことが先だ。早くポーションを飲むといい。」

「はい。」

リスティーナはポーションを受け取り、ゴクッと飲んだ。光に包まれ、傷が消えていくのを感じる。
凄い…!あっという間に傷が消えていく。
その時、ルーファスが岩壁に鋭い視線を向けた。

「リスティーナ。咄嗟に蹴り飛ばしてしまったが、あいつが君を襲った男で間違いないんだよな?」

「えっ、は、はい…。」

もう土埃は消えている。
土埃が消えたお蔭で視界が露になった。見れば、岩石にあの男の身体がめり込んでいて、不自然な形で岩石が窪んでいた。
ん?聞き間違いかな?今、ルーファス様、蹴り飛ばしたって言っていたような…。
え?あれ、魔法で倒したんじゃないの?魔法を使わずに物理攻撃であの威力!?
リスティーナは理解が追い付かず、頭が混乱した。
その時、あの男がピクリ、と動き、呻き声を上げながらも、立ち上がろうとしている。
う、嘘!?あの人、まだ動けるの!?

「首の骨を折った手応えはあったんだが…、」

ルーファスはそう言って、剣の柄に手をかける。
リスティーナはハッとした。
そうだ!あの男はもしかしたら、ノエル殿下を殺した犯人なのかもしれない!
リスティーナはすぐにその事をルーファスに伝えようとした。

「あの、ルーファス様!実は、確認したいことがあるんです!もしかしたら、あの人はノエル殿下を殺した…、」

ノエル殿下を殺した犯人かもしれないと言いかけたその時、あの男が立ち上がり、こちらに姿を見せた。
毛むくじゃらの身体に鋭く伸びた長い爪、伸ばし放題にされた髪の間からギラギラと狂気に満ちた赤い目が覗く。そして、その口元はニタリ、と不気味に吊り上がった。
ルーファスは目を見開き、息を呑んだ。

「ッ…!あいつ、はっ…、」

「あ、あの人…!あの男です!ルーファス様が以前、話していたノエル殿下を殺した犯人によく似ていて…、あの、ルーファス様。あの男が本当にノエル殿下を殺した犯人なのでしょうか?」

「…す。」

「ルーファス様?」

ルーファスはギリッと唇を噛み締め、ギラッと殺意に満ちた目で男を睨みつけた。
が、睨みつけられた男はニタニタと不気味な笑いをしていた。
次の瞬間、ルーファスは視界から消えていた。

「ルーファス様!?」

どこに?そうリスティーナが疑問を抱いた瞬間、あの男が突然、血を流した。
えっ…!?リスティーナが慌てて男に視線をやると、男の腕が斬り落とされていた。
黒い残像が男の周りを走っていく。ザシュッ!と斬撃がして、男のもう一方の腕も斬り落とされていた。

「ぐがあああああああ!」

男は反撃しようとするが、黒い残像の方が早かった。
背中を斬りつけ、脇腹を斬りつけ、足を斬り落としていく。
まさか、あの黒い残像…。ルーファス様?速すぎて全然見えない…。
しかし、あの得体のしれない男は何故か斬り落とされた筈の手足が生えて、元通りになっていく。
な、何?あれ?まるで魔物みたい…!
不意に黒い残像が男の目の前で止まった。そこには、ルーファスが立っていた。やっぱり、ルーファス様だったんだ!
返り血を浴びたルーファスは感情のない目で男を見据えた。

「…殺す。お前だけは絶対に…!」

ギリッと歯を食い縛り、ルーファスは剣を振り上げた。
ルーファスの強い憎しみの感情を感じる。
ルーファス様…!ノエル殿下を殺した犯人を見つけたら、必ず殺すと言っていた。
あの時のルーファス様は刺し違えてでも犯人を殺すつもりだった。
それだけ、ノエル殿下を愛していたのだ。
ルーファス様…!リスティーナは心の中でルーファスを案じた。どうか、負けないで…!
ルーファスの攻撃を受けて、男が岩に激突する。それでも、男はまだ生きていた。

男はニヤッと笑い、ルーファスを見つめた。
そのまま、ルーファスに飛び掛かろうとするが、男はその場から動こうとしない。

「!」

男は地面に足が縫いつけられたようにその場から動かなかった。
視線を下におろし、何度も身じろぎするが、一歩も足が動かない様子だ。

「無駄だぞ。拘束魔法をかけたからな。」

ルーファスは血の滴り落ちる剣を男の顎に突きつけた。

「何故、ノエルを殺した?お前は一体、何者なんだ?」

「ぐううううう!ぐがああああ!」

「意思の疎通は難しい、か。なら、お前の記憶に訊ねるしかないな。」

そう言って、ルーファスは男の頭に手を伸ばす。すると、魔法陣が展開された。そのまま、ズルリ、とルーファスの指が男の頭の中に吸い込まれていく。

「ぐおおおおおおお!」

「まだ最近の記憶か…。もっと、古い記憶は…、」

ルーファスはそう呟きながら、指を沈めていく。その間、男が断末魔の叫びを上げ続けていた。
あれは、一体、何をしているの?あの魔法陣…。まさか、あれは記憶干渉の魔法?
嘘…。あの魔法はもうとっくの昔に使い手がいなくて、廃れてしまった筈…。だって、あの魔法は…、

「ん…?これは…?」

ルーファスは不意に眉を寄せる。そして、目を見開いた。

「何…?まさ、か…。」

ルーファスは動揺したように息を吞み、愕然と呟いた。

「がああああああああ!」

「…嘘、だろ…。じゃあ、ノエルは…、」

ルーファスは震える唇で何かを呟いた。そのままズルリ、と指を引き抜く。
青褪めた表情でルーファスは口元を押さえた。

「ルーファス様…?」

何だか、様子がおかしい。リスティーナが心配そうにルーファスを見つめるが…、それと同時に男の様子もおかしいことに気が付いた。

「ガッ…、ギッ…!」

白目を剥き、ガクガクと痙攣を起こしたかのように身体が震えている。ボコボコと身体が膨れ上がっていく。
何?何が起ころうとしているの?でも、何だか嫌な予感がする。
リスティーナはエルザをそっと優しく下ろすと、慌ててルーファスに駆け寄った。

「ルーファス様!」

そう叫んでリスティーナがルーファスの手を引いた瞬間、

「ぐぎゃあああああああ!」

男が断末魔の叫び声を上げたと思ったら、何かの破裂音がした。
ビシャッ、と音と共に辺り一面に鮮血が散り、肉塊や臓器の破片が転がっていた。
全てが一瞬のことで何も分からなかった。ぬるり、とした感触に手を見れば、リスティーナは全身血だらけだった。
さっきまでいた男が一瞬で消えていた。代わりに辺り一面が血の海になっていて、人間の肉塊が転がっている。

「えっ…?」

今、何が起こったの?まさか、これ…、さっきのあの男の?
まさか、今のは自爆魔法か何か…?つまり、今、頭から被ったこの液体は…、
そう理解した途端、リスティーナは思わず、口元を押さえた。

「うっ…!おえっ…!」

耐えきれずに嘔吐してしまう。気持ち悪い…。
そうだ。ルーファス様は…!?リスティーナは慌てて、ルーファスに視線を向けるが、ルーファスは血だらけになったまま目を見開き、ピクリとも身動きしない。

「ルーファス様?」

「…。」

こちらの声に反応しない。

「ルーファス様!」

「ッ!?」

リスティーナが手を握り、もう一度強く叫ぶと、ルーファスの目に光が宿った。

「ルーファス様。どうしたんですか?一体、何があったのです?」

「…何でもない。」

ルーファスはフイッと視線を反らし、スタスタと歩き始めた。

「…君の侍女を運ばないとな。転移魔法で屋敷まで送ろう。」

そう言って、ルーファスは魔法陣を展開する。エルザが横たわっている場所に青い魔法陣が現れた。

「行こう。」

ルーファスはリスティーナに手を差し出す。その目は昏く、翳っていた。
リスティーナはそれに気付きながらも何も言わず、ルーファスの手を握り、魔法陣に足を踏み入れた。
やがて、青い光に包まれ、気が付いた時には屋敷の前に辿り着いていた。
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