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第四章 覚醒編

入浴後のルーファス

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「ロイド。」

夕食を終えたルーファスは廊下に佇んでいたロイドを見つけると、声を掛けた。

「殿下。先程は…、」

頭を下げようとするロイドをルーファスは手を上げて、制した。

「ロイド。お前は騎士だ。誤魔化しが効かないのは分かっている。お前の言う通り、あれは見様見真似なんかじゃない。」

「!やはり、そうでしたか。一体、誰からあのような剣術を?」

「優秀な師匠に教えてもらったんだ。」

「師匠?殿下は今まで剣の師匠はいなかった筈では?」

「……。」

ルーファスはその質問には答えず、無言を貫いた。

「ロイド。直に全て話す。今、俺が話せるのはこれだけだ。これ以上は何も聞くな。」

ルーファスの言葉にロイドは何か深い事情があるのだと悟り、頷いた。

「畏まりました。」



ロイドとの会話を終え、ルーファスは辺りに誰も気配がないのを確認すると、スッと顔を上げた。

「頼みがある。…王宮の様子を探ってくれ。」

誰もいない空間にそう呟くルーファスの横をフワッと風が通り過ぎた。
そのままルーファスは何事もなかったように自室に戻った。



「カナッペはこれで…。後はフルーツの盛り合わせも…。」

リスティーナは厨房でお酒のつまみを作っていた。
リリアナがルーファスの為に寝酒の準備をしていたので、酒に合うつまみを持って行こうと思ったのだ。
つまみはカナッペと三種類のチーズ、フルーツの盛り合わせを用意することにした。
カナッペは完成したので端の方に寄せ、フルーツの盛り合わせを作っていく。
その時、フワッと風が入ってきた。風?窓は開けてないのに…。
それに、何だろう。この感じ…。誰かに見られているような気がする。
背中に視線を感じ、振り返るが誰もいない。気のせいか。そう思い、作業を再開した。

『美味しそう。』
『美味しそうだね。』
『クラッカーだ!』

「…?」

子供の声?リスティーナは思わず辺りを見回した。
厨房には誰もいない。シーン、として人の気配もしない。
気のせいかな?今、確かに誰かの声がしたような…。
疲れているのかな?幻聴が聞こえるなんて…。

「リスティーナ様。明日の事で確認が…、あ、もしかして、それ、今晩のおつまみですか?」

「ルカ。」

「わ!凄い!これ、カナッペですか?美味しそうですね!」

「ありがとう。ルーファス様、カナッペが好きかは分からないんだけど…。」

「大丈夫ですよ。あの人はリスティーナ様から貰った物なら何でも食べますって。それに、残したら、僕が全部食べますので!」

「フフッ…、ルカったら…。」

ルカの言葉にリスティーナは思わず笑ってしまった。

「あれ?このお皿、随分隙間がありますけど他にも何かのせるんですか?」

「え?まさか。だって、さっきカナッペをいっぱい盛り付けて…、」

ルカの指摘にリスティーナが顔を上げて、そう訂正するが…、皿に盛られたカナッペを見ると、不自然に隙間があった。

「あれ?カナッペがなくなってる!?」

「へ?」

隙間がなくなるくらいまでカナッペを盛りつけたはずなのに数枚、カナッペが減っていた。
おかしい。さっきまで確かにここに…。

「ど、どうして?」

何が起こったのか分からず、リスティーナは混乱した。
あ、もしかして、これは…、ジッと深く考え込むリスティーナを見て、何を勘違いしたのか…。

「も、もしかして、僕を疑ってます!?違いますからね!そりゃ、美味しそうだなとか食べたいなと思ったりはしましたけど…。リスティーナ様の作った物をつまみ食いなんてそんな失礼な事は…!」

あわあわと慌てたように否定するルカ。

「ち、違うわ。私は別にルカが食べたなんて思ったりしてないから。」

「あ、そ、そうですか。良かった…。」

リスティーナの言葉にルカはホッと安堵した。

「それに、こういうことはよくあることだから、気にしないで。」

「え?よくある?こ、こんな不気味な現象がよくあるんですか?」

「あ…、」

つい、ポロリと本音が出てしまい、リスティーナは慌てて、口元に手をやった。
しまった。人前でこんな事話したら…、
『ぷっ!あはははは!聞いた!?今の言葉!』
『馬鹿じゃないのか?お前、その歳でそんな事言って恥ずかしくないのかよ?』
『いい大人がみっともないとは思わないのですか?』
リスティーナの脳裏に彼らの言葉が甦る。ギュッと手を握り締め、リスティーナは俯いた。

「や、やだ。私ったら…。何を言っているのかしら?私ったら、混乱しすぎて変な事を口走ってしまったみたい。あ、そうそう。これ、早くルーファス様に持って行ってあげないと…。」

そう言って、リスティーナは慌てて、銀のお盆に載せて、酒のつまみを持って行った。
ルカは首を傾げながら、リスティーナの後姿を見送った。
その後、丁度入れ違いでスザンヌがやってきた。

「リスティーナ様。あら?ルカ、リスティーナ様は?」

「リスティーナ様なら、殿下の部屋に行きましたよ。あの、スザンヌさん。ちょっと聞いてもいいですか?」

「何?」

「実はですね…、さっきリスティーナ様が作っていたカナッペがなくなっていたんですよ。でも、そのカナッペには僕もリスティーナ様も触ってないんです。何だか奇妙ですよね。で、リスティーナ様がこんな事言ってたんです。よくあることだからって…。でも、その後、何か様子がおかしくて…、」

「!」

スザンヌは思い当たることがあるのかピクッと反応した。

「ねえ、ルカ。あなたは…、魔力が高いのよね?」

「へ?あ、はい。まあ、人並みよりは…、」

「じゃあ、妖精は見たことある?」

「ああ。はい。水の妖精だったら見たことありますよ。でも、他の妖精は気配を感じることしかできなくて…。あの、それより、何で急にそんな話を?」

スザンヌはジッとルカを見た。何かを見極めるかのように…。
エルザと同じように魔力の高いルカ。この子になら、話してもいいかもしれない。

「実はね…、」

スザンヌはそう言って、口を開いた。




さっきのはどう考えても不自然だったよね?
リスティーナは自分自身の行動を振り返りながら、改めてそう思った。
フウ、と溜息を吐く。
どうして…、消えてくれないのだろう。私はいつまで過去に囚われているのだろうか。
こんな弱い自分が嫌になる。
リスティーナは廊下を歩きながら、母の言葉を思い出す。

子供の頃、体調がいい母と一緒にハーブのクッキーを作ったことがある。
孤児院の子供達用にとラッピングしていると、クッキーが足りず、困惑したことがあった。
すると、母はあらあらと楽し気に笑い、

『きっと、妖精が食べてしまったのね。ティナ。お菓子がなくなったり、物がなくなったりするのは妖精のせいかもしれないわ。』

母はよくそう言っていた。それからもちょくちょくお菓子がなくなってしまうことがあった。
普通は気味が悪い、怖いと思うかもしれないが、母の言葉があったからそんな風には思わなかった。
妖精が見えるニーナやエルザが妖精が食べていたと言っていたので間違いない。
エルザが取り返そうとしていたが、妖精が喜んでくれるのなら別に構わなかった。
それからは、少し多めに作るようにしたし、ニーナが、窓辺やオーブンの近くに置いておくといいですよと言われ、そこに焼いたクッキーを一枚ずつ置くようにした。
次の日になると、置いていたクッキーはなくなっていた。

リスティーナにとって、それは日常でよくあることだった。
変だとか、不気味だなんて思ったことはなかった。
それがおかしいことだと知ったのは、異母兄弟に指摘されたからだ。
レノアと他の兄弟達に散々馬鹿にされ、笑い者にされた。
それ以来、リスティーナは人前でそのことは話すことはしないようになった。

忘れたいと思っているのに…、あの記憶は未だに私を苦しめる。
気が付けば、リスティーナはルーファスの部屋の前に着いていた。
いけない!私ったら…!こんな暗い事を考えてたら、ルーファス様に心配をかけてしまう。
リスティーナは無理矢理思考を切り替えて、明るい表情を作った。
扉をノックする。が、返事がない。

「…?ルーファス様?」

どうしたのかしら?もしかして、何かあったのかな?
心配になり、リスティーナは失礼しますと言って、ドアノブを回して、部屋に入った。
部屋にはルーファスの姿がない。

「ルーファス様?」

リスティーナはキョロキョロと辺りを見回した。
テーブルの上にワインと二つのグラスが置かれていた。リリアナが用意してくれたものだろう。
ここに置いていいかな。リスティーナはワインの横にお盆を置く。
その時、ガチャッと浴室の扉が開かれた。

「リスティーナ。」

「あ、ルーファス様!ごめんなさい。私ったら、勝手に断りもなく…、」

返事がなかったので何かあったのかと思って、と言おうとしたが、その先は言葉にならなかった。
ルーファスを見た途端、リスティーナは固まってしまった。
ルーファスは上半身裸だった。入浴後なのか、濡れた髪をタオルで拭いている。
全体的に細いが、無駄な肉は一切ついておらず、引き締まった身体…。
ルーファスの身体を直視したリスティーナはかああ、と顔を赤くする。
慌てて、バッと目を反らす。

「すまない。風呂に入っていたから、気付かなかった。」

そう言いながら、ルーファスがこちらに近付いてくる。

「る、ルーファス様!ふ、服!何か服を着て下さい!か、風邪を引いてしまいますから…。」

「ん?ああ。」

ルーファスは自分が上半身裸なのを忘れていたのか、リスティーナに言われて、黒いバスローブを羽織った。その間、リスティーナは顔を手で覆って、ルーファスの身体を見ないようにしていた。
さっきから、ドキドキが止まらない。

「リスティーナ。」

いつの間にかすぐ後ろにルーファスがいて、肩に手を置かれた。
全く気配も足音もしなかったのでリスティーナは思わずビクン!と肩が跳ねあがった。

「悪い。驚かせてしまったか?」

リスティーナはブンブンと首を横に振った。
ルーファスはまだ髪が濡れていて、毛先から水が滴り落ちている。それが妙に色っぽい。
それに…、バスローブの前がはだけている。彫刻のように美しい身体にリスティーナはドキッとした。
どうしよう…!ドキドキして、ルーファス様と目が合わせられない…!

「リスティーナ。顔が赤いが大丈夫か?また、熱がぶり返したんじゃ…、」

そう言って、ルーファスはリスティーナの頬に手を当て、顔を近づけた。
ち、近い…!リスティーナはかああ、と頬が真っ赤に染まっていく。

「る、ルーファス様…!あ、あの…!あの…、」

リスティーナはあわあわしながら、必死に言葉を紡いだ。

「だ、大丈夫です!これは、その、熱のせいじゃなくて…、その…、ルーファス様の前がはだけているので…。は、恥ずかしくて…!」

そう言って、リスティーナは赤くなった顔を手で覆い隠した。

「恥ずかしい…?もう何度も俺の身体を見ているのにか?」

「そ、それはそうですけど…!前はあんなに細かったのに、今のルーファス様はその…、」

初めてルーファス様の身体を見た時はあんなんじゃなかった。もっと痩せていて…、私よりも細かった。
最後に見た時はそれ以上に痩せ衰え、骨と皮だけのような身体だった。
以前のルーファス様とはあまりにも違う。男の人の身体だ…。
いつも服を着ているから、気付かなかった。
確かに呪いが解いてから、ルーファス様はよく食べるようになったし、運動もするようになったけど、まさかここまで変わるだなんて想像もしていなかった。

「まあ、確かにそうだな…。以前が細すぎた位だ。やっと人並みの身体を手に入れたというべきか…。」

人並みどころではない。ルーファスの身体は誰が見ても、完璧な肉体美だ。
腕のいい彫刻家がモデルにしたいと言い出してもおかしくない。

「俺の自惚れでなければ…、この身体は君の好みだとそういうことか?」

「えっ!?あ、えっと、それは…、」

今までそんな事考えたこともなかった。でも、今のルーファス様を見て、私は凄くドキドキしている。
つまり、そういう事だろう。だけど、正直に好みですというのは何だか恥ずかしくて、リスティーナは言葉に詰まる。

「……。」

そんなリスティーナを見て、ルーファスは真顔になると、リスティーナの手首を掴み、

「それとも…、君はラシードのような筋肉質な身体が好みなのか?」

「へ!?」

な、何でそこでラシード殿下の名前が?

「イグアスのような線の細い身体が好きなのか?まさかとは思うが…、あの帝国の皇子のような太った身体が好みなのか?どっちなんだ?」

何で急にその三人の名前が挙がるのだろう?というか、好み以前の問題だ。
リスティーナは彼らとはできればもう二度と会いたくないと思っているのだから。
そんな事よりも、ルーファスに掴まれた手が…、む、胸に当たっている!
前がはだけているから、服越しではなく、直接触れている。
彼の熱と男性特有の固い感触が直に手に伝わってくる。こういうことに免疫のないリスティーナは内心、きゃああああ!と悲鳴を上げていた。こ、これ以上は無理…!

「る、ルーファス様だけです!こ、こんな風にドキドキするのも、意識するのも…。い、今まで異性の方にときめいたのはルーファス様だけなんです…。その、私は今まで異性のタイプとか好みの体格とかあんまり考えたことはなかったんですけど…、ルーファス様の身体を見ていると、すごくドキドキしてくるんです。だから、その…、私は…、ルーファス様の身体がこ、好みなんだと思います…。」

リスティーナは正直に今の気持ちを伝えた。

「…そうか。」

ルーファスはホッとしたように肩を撫で下ろし、そして、心の底から嬉しそうな表情を浮かべた。
その子供のような無邪気な表情にリスティーナはドキッとする。ルーファス様、そんな表情もするんだ。私の言葉でそんなに喜んでくれるなんて…。
す、少しだけ…、自惚れてしまってもいいのかな?
ルーファスの反応を見て、思わずそんな期待を抱いてしまうリスティーナだった。
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