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第四章 覚醒編

献身と想いの証

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リスティーナは身支度を整える為に鏡台の前に座り、鏡に映った自分の顔にショックを受けた。
酷い顔…。肌は荒れているし、目の隈もくっきり残っている。
私、こんな顔でルーファス様と会っていたの…?

「どうしました?リスティーナ様。」

リスティーナの髪をブラシで梳いていたスザンヌが落ち込んだ様子のリスティーナを見て、声を掛ける。

「スザンヌ…。どうしよう…。私、こんな酷い顔でルーファス様に会っていたなんて知らなくて…。」

リスティーナは泣きそうになった。

「ルーファス様…。私のこの顔を見て、どう思ったかしら…。こんなみすぼらしい姿になった私を見て、嫌いになったり…、」

「まさか!殿下に限ってそれは有り得ません!そもそも、リスティーナ様がここまで窶れてしまったのは殿下を献身的に支えて、ずっと寝ずの看病をしていたからではありませんか。殿下だって、それは十分すぎる程、分かっている筈です。」

「でも…、」

「もし、殿下が今のリスティーナ様を見て、失望するような方だったら私が…、」

「俺が何だって?」

「きゃあ!?殿下!?いつから、そこに!?」

いきなり、背後から音も気配もなく、ヌッと現れたルーファスにスザンヌがびっくりしすぎて、悲鳴を上げた。

「ついさっきだが…。リスティーナの忘れ物を届けにきた。」

ルーファス様…!
ルーファスの声にリスティーナは振り返ることができなかった。
サッと顔を隠すように俯いた。
ルーファスがこちらに近付いてくる。
フワッと肩に何かが掛けられる。
薄紫色の肩掛けだ。

「リスティーナ。忘れものだぞ。」

「…あ、ありがとうございます。ルーファス様…。」

リスティーナは肩掛けの裾を引っ張って、それで顔を覆った。

「リスティーナ?…どうした?何かあったのか?どこか具合でも…、」

「あ、ま、待って下さい!ルーファス様!…お願いします。今は…、私を見ないでください…。」

リスティーナの肩に手を置いて、振り向かせようとするルーファスにリスティーナは顔を隠しながら、必死にそう叫んだ。

「え…。」

ルーファスは一瞬、固まったように言葉を止める。

「それは、つまり…、俺の顔を見たくないということか?俺は君に何か気の触るようなことをしてしまったのか?それとも、やっぱり、俺の顔は生理的に受け付けない程、嫌悪するもので…。」

「ち、違います!」

「殿下!落ち着いて下さい!リスティーナ様は別に殿下を嫌いになった訳ではありません!逆です!逆!リスティーナ様は殿下に嫌われてるのではないかと不安になっているのです。」

低い声で呟くルーファスにリスティーナは慌てて否定する。
スザンヌもリスティーナを擁護するように声を上げた。

「俺がリスティーナを嫌う?…有り得ない。」

「私もそう言ったのですが…。リスティーナ様はここまで窶れてしまった自分を見て、殿下にガッカリされるのではないかと不安なのです。女性は好きな人の前では美しくありたいと願うものです。だから、余計にそう考えてしまうのでしょう。」

「……。」

スザンヌの言葉にルーファスは黙り込んだ。
ややあって、ルーファスがリスティーナに話しかけた。

「リスティーナ。」

ルーファスに名を呼ばれ、リスティーナはビクッとした。
肩掛けに顔を埋めたまま、リスティーナは顔を上げることができない。
ルーファスの手がリスティーナの髪を一房、手に取ると、チュッと毛先に口づけた。

「君の目の隈も、肌も、窶れた身体も…、全ては君の献身と想いの証だ。そんな君を前にして、俺が失望したり、ガッカリする筈がないだろう。」

「ッ!」

そっとそのまま後ろからルーファスに優しく抱き締められる。
リスティーナはルーファスの言葉が嬉しくて、泣きたくなった。

「俺の目には君は美しくも眩しく感じる。それに、隈ができても、肌が荒れても、窶れていても君は美しい。だから、自信を持ってくれ。」

「…ルーファス様…。私…、」

「やっと、こっちを向いてくれたな。」

そろそろと顔を上げて、振り返ったリスティーナにルーファスは優しく微笑んだ。
そして、リスティーナをジッと見つめ、

「うん…。やっぱり…。とても、綺麗だ…。」

ルーファスの誉め言葉にリスティーナはかああ、と顔を赤くする。

「でも、確かにかなり痩せたな…。」

ルーファスはリスティーナの頬に手を触れる。
ルーファスはリスティーナを気遣うように優しく頬を撫でてくれる。
まるで宝物にでも触れるかのような優しい手…。

「食事は無理でも、菓子は食べられそうか?レモンパイはどうだ?オレンジのタルトも好きだったな。」

「!」

レモンパイ!リスティーナは大好物のお菓子に思わず反応した。
そういえば、ルーファス様とお茶をした時に一度だけ好きなお菓子について話した気がする。
ルーファス様…。覚えてくれてたんだ。
ルーファスはリスティーナの反応を見て、心得たようにフッと笑い、

「レモンパイだな。スザンヌ。午後のお茶の菓子はレモンパイを焼いてくれ。」

「はい。」

ルーファスの言葉にスザンヌはにこやかに頷いた。

「そういえば、リスティーナ。体調の方はどうだ?」

「もう大丈夫です。ルーファス様のポーションのお蔭で身体も随分楽になりました。」

ルーファスの作ってくれたポーションは傷の治療だけでなく、疲労回復の効果もあり、熱で寝込んでいたのが嘘のように身体が軽くなった。

「そうか。それは良かった。もし、体調が大丈夫そうなら、これから、一緒に庭を散歩しないか?…約束、しただろう?」

「!」

ルーファス様…。覚えていてくれたんだ。
ルーファスの為に花を摘んで持って行った時に約束した時のことを…。
元気になったら、一緒に庭を散歩しようと約束した。
リスティーナはルーファスが約束を覚えてくれた事実が嬉しくて、微笑んだ。

「はい!」

ルーファスと一緒にリスティーナは庭に向かった。
庭に出ると、色とりどりの花が咲いていた。ルーファスはある花壇に目が留まり、立ち止まった。

「この花、君が摘んできてくれた花だったな。確か、デイジーの花だったか?」

「はい!小さくて、可愛い花ですよね!」

リスティーナも立ち止まり、身を屈めて、デイジーの香りを楽しむ。

「君の好きなミモザの花はもう咲いてないな。」

「ミモザは春の花ですからね。あ…。」

リスティーナは花壇の隅に咲いている鈴蘭の花を見つけた。お母様が好きな花だ。

「ルーファス様。あっちに鈴蘭の花が咲いてます。」

リスティーナは鈴蘭の花を指差し、鈴蘭の花に近付く。
鈴蘭は一般的に春の花として知られているが、初夏の時期まで咲いているのだ。
良かった。今はまだ夏前の初夏だからまだ咲いているんだ。

「鈴蘭の花か。確か、君の母親が鈴蘭の花を好きなんだったな。」

「はい。お母様は鈴蘭がいつでも見れるように品種改良をして一年中咲くようにしていた位、鈴蘭が大好きだったんです。」

「そんなに好きだったのか。品種改良までするとは凄いな。随分、本格的に育てていたんだな。」

「はい。でも、鈴蘭の根には毒があるから、扱いには十分気を付ける様にって言ってました。」

「ああ。そういえば、過去には鈴蘭を生けた水を誤って飲んだ子供が中毒症状を引き起こして、死んでしまったという事例もあったな。」

「そうなんです。鈴蘭がそんな危険な花だなんて、最初はびっくりしましたけど、母はそれも花の魅力の一つなのだと言ってました。だから、花は美しいのよって…。」

「成程。君の花好きは母親似なんだな。昔から、母親と一緒にその温室で花を育てていたのか?」

「はい。でも、お母様は自分専用の温室の花には触らないようにって私によく言い聞かせていました。その代わり、私専用の花壇を作ってあげるからと言って、私の為に花壇を作ってくれたんです。」

「娘の君ですらも触ってはいけなかったのか?」

「ええ。お母様は小さな温室を作って、そこで花を育ててましたが、鍵をかけて、いつも私が入れないようにしていたんです。」

「随分と徹底的に管理しているんだな。そんなに自分が育てた花を触らせたくなかったのか。」

「お母様は花にはすごくこだわりがあるので…。実は、私、一度だけお母様の言いつけを破って温室に入ってしまったことがあるんです。」

あれは、確かエルザ達とかくれんぼをして遊んでいる時だった。
隠れる場所を探していたら、温室の前に来てしまったのだ。
その時は、たまたま温室の鍵が外れて、中に入れるようになっていた。
リスティーナはここなら見つからないだろうと思い、温室の中がどうなっているのか見てみたいという興味本位もあって、中に入ってしまったのだ。
そこには、鈴蘭以外にもたくさんの花があった。
中には植物図鑑にも載っていないような花も…。
その中の一つの赤い花にリスティーナは目を惹かれた。
見たことのない綺麗な花だった。思わず手を伸ばすと、「ティナ!何をしてるの!」と母の鋭い声が聞こえ、そのまま背後から母に手を掴まれた。
今まで聞いたことがないような怖い声だった。
母はリスティーナの肩をガシッと掴み、「どうして、ここにいるの!ここには入っては駄目とあれ程言ったでしょ!」と強い口調で怒られた。
そんな母にリスティーナは思わず泣き出してしまった。
大好きな母に怒られたのが悲しいのもあったが、あんなに怖い母を見たのが初めてだったからだ。
ごめんなさいと謝るリスティーナに母はハッとしたように手を離し、「ごめんね。ティナ。」と慌てて謝り、リスティーナを優しく、抱き締めてくれた。
その時にはもういつもの穏やかで優しい母に戻っていた。

「それ以来、もう温室に入ることはなかったんですけど…。」

リスティーナの話にルーファスは無言のままだ。リスティーナは鈴蘭の花を見ていて、気が付かなかったがその時のルーファスは何かを考え込んでいるような表情をしていた。

「その温室には…、他にどんな花があったんだ?」

「え?ええと…、そうですね。子供の頃の話なので…、あまり覚えてなくて…。」

リスティーナは昔の記憶を思い出そうとするが、さすがに花の品種名までは覚えてなかった。
せいぜい二、三種類の花しか思い出せない。確か、あの温室には…、

「えっと、鈴蘭と水仙と…。後、ポピーの花もあったと思います。」

「ポピー…?」

「はい。赤や紫、それに白とオレンジの色とりどりのポピーの花が植えてありました。確か、あれはポピーだったと思います。昔の記憶なので合っているか分からないのですけど…。」

「……。」

「ルーファス様?」

顎に手を置いて、俯くルーファスを見て、リスティーナは声を掛ける。
どうしたのかしら?

「ッ、あ、ああ。何でもない。そうか。君の母親は本当に花が好きだったんだな。…リスティーナ。一つ、聞いてもいいか?」

「はい。何でしょうか?」

「君の母親はその…、」

ルーファスはリスティーナの母について何かを聞こうとするが、途中で言葉を濁してしまう。

「お母様が何か…?」

「あ、いや…。君の母親は踊りだけでなくて、歌も得意だと言っていたな、と…。それを思い出したんだ。あの子守唄以外にも教えてもらった歌はあるのか?」

「はい。ありますよ。春を告げる歌や花や蝶の歌、それから、癒しの歌もあります。後、戦歌や鎮魂歌も…、」

「たくさん知っているんだな。」

「全部、母の受け売りですけど…、」

「よかったら、また聴かせてくれないか?」

「え!?わ、私がですか?で、でも…、私、歌が下手で…。」

「そんな事ない。君の歌声は透き通っていて、とても綺麗な声だった。初めて君の歌を聴いた時はまるで天使の歌声のようだと思った程だ。」

「て、天使…。」

そ、そんな大袈裟な…。私の歌声がそんな綺麗な訳ないのに…。
でも、ルーファスがあまりにも真剣な表情で言い切るものだから、否定することができない。
リスティーナは褒められた恥ずかしさと照れ臭さで顔が赤くなり、アワアワとした。
そんなリスティーナを見て、ルーファスはフッと笑い、

「俺は君の歌が好きだ。君の歌を聴いていると、心が安らぐし、とても癒されるんだ。君の声は美しいだけでなくて、繊細で柔らかくて…、とても優しい音がする。だから、もっと自信を持ってくれ。」

「あ、ありがとう…、ございます…。」

ルーファスの誉め言葉にリスティーナは顔を赤くしながら、お礼を言った。
こんな風に異性から褒められたことがないのでどういう反応をしたらいいのか分からない。

「で、では…、戻ったら、ルーファス様の部屋で歌ってもいいですか?」

「勿論だ。」

さすがに外で歌うのは恥ずかしいので部屋で歌う事にして、リスティーナは庭の散策を楽しむことにした。
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