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第四章 覚醒編
ガーネットレッドの瞳
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丘の上にはお花が咲いているの
色とりどりのお花がたくさん たくさん咲いてるの
夕陽のような赤い花、雪のように白い花、お日様のように黄色い花、空のような青い花
お花に囲まれて 色とりどりの花畑の中で わたしは踊る
お花の妖精も軽やかに踊り出す ずっと ずっと
花畑の中で歌を口ずさみながら、リスティーナは花冠を完成させた。
「できた!」
パア、と顔を輝かせる。
「エルザ!スザンヌ!花冠ができたよ!…あれ?」
二人の名を呼ぶが辺りには誰もいない。すぐ傍にいると思ったけど、どこに行ったのかな?
そう思いながら、リスティーナは自分が作った花冠を見て、満足げに微笑んだ。
「えへへっ!」
初めて作った花冠。お母様みたいに上手くはできないけど、あたしが一人で作った花冠。
そう思うと、ちょっと誇らしい気分になった。リスティーナは花冠を頭に載せて、くるくると踊った。
母がよく踊っている花の舞を真似してみたが、すぐに目が回ってしまい、足元がふらついてしまう。
「わっわっ!?」
その時、リスティーナは何かにぶつかってしまう。倒れそうになったリスティーナの手をパシッと掴まれた。…誰?
見上げると、黒いフードを頭からすっぽりと被った人物がリスティーナの手を掴んでいた。
その手はリスティーナの白い肌と違い、褐色色の肌をしていた。異国の人かな?
「お嬢さん。怪我は?」
「あ、ありがとう!おじさん!大丈夫だよ。」
リスティーナは助けてくれた男の人にお礼を言った。
フッ、と笑いながら、黒いフードの男はどういたしまして、と言い、リスティーナから手を離した。
サラッと銀色の髪が一房、フードの隙間から流れた。
「お嬢さんはここで何をしているの?」
「花冠を作ってたの!」
リスティーナは笑ってそう言った。
「素敵な花冠だね。」
「おじさんもお花好き?それじゃ、これあげる!」
母のお土産用に摘んでおいたラベンダーを差し出した。
男はビクッと怖気づいたように一歩下がった。
「おじさん?」
「あ、ああ。すまない。おじさんはラベンダーの香りが苦手でね…。気持ちだけ貰っておくよ。」
「そうなの?ごめんね。」
「いいんだよ。君のその気持ちは素直に嬉しい。君は優しいんだね。」
男はそう言って、フッと笑うと、リスティーナに近付くと、
「君は花が好きなんだね。」
「うん!大好き!」
リスティーナはニコッと微笑んだ。
「そうか。じゃあ、この先にある古い教会の裏に咲いている青い花畑も見たのかな?」
「え、青い花畑?」
青い花畑なんて見たことがない。行ってみたい。リスティーナは好奇心が擽られた。
「ああ。もしかして、まだ見てないのかな?…可愛いお嬢さん。ここで会ったのも何かの縁だ。良ければ、一緒に見に行かないか?」
「本当?ありがとう。」
リスティーナは頷くが、不意に口を噤む。
「あ…、ごめんなさい。やっぱり、行けないの。」
「どうして?」
「エルザとスザンヌが戻ってくるかもしれないし、お母様が…、知らない人にはついて行っちゃいけませんって言ってたから…。」
「ヴァルト。」
「え?」
「俺の名前はヴァルトだ。それで?お嬢さん。君の名前は?」
「…ティナ。」
咄嗟にリスティーナはいつも使っている偽名を口にした。
身分を隠して、外に出かけている時はいつもこの名前を使っている。
偽名といっても、愛称なので間違ってはいない。
ヴァルトと名乗ったその男は口角を吊り上げると、リスティーナの手を握った。
その冷たさにリスティーナはビクリ、とした。
そのまま握手をされる。
「ほら。これで俺と君は知り合いになった。ああ。心配しなくても、君の連れには俺からちゃんと伝えておこう。」
そう言って、ヴァルトが指を振る。すると、突然、空中に黒い羽根ペンと手紙が現れる。
羽根ペンが意思を持ったようにスラスラと文字を書いていく。
「伝言を残しておいたから、これで大丈夫だ。さあ、行こうか。」
「でも…、」
「そんなに警戒しないでくれ。俺は君に何かひどいことをしたかな?」
リスティーナはフルフル、と首を横に振る。
「そうだろう?むしろ、俺は君を助けてあげたじゃないか。だから、そんな態度を取られると、傷つくよ。」
「あ…。」
そうだ。確かにこの人は転びそうになった私を助けてくれた。
シュン、と落ち込んだ様子を見せる男にリスティーナは罪悪感を抱いた。
「ごめんなさい。おじさん。」
「じゃあ、俺と一緒に行ってくれるな?良かった。優しい君なら、そう言ってくれると思っていたよ。」
落ち込んでいたのが嘘のように明るくなったヴァルトの口調にリスティーナは戸惑ったが、ヴァルトの勢いに押されてしまう。そのまま自然な動作でヴァルトに手を握られる。
その冷たさにリスティーナは背筋がぞくりとした。やっぱり、冷たい…。まるで氷みたい。
「おじさん寒いの?」
「どうして?」
「だって、手が冷たいから。」
さっき、転びそうになって手を掴んだ時もこの人の手は冷たかった。
「…ああ。俺は冷え症なんだ。」
「ふうん?」
フードの奥から覗く血のような赤い瞳がギラッと光った。
ガーネットレッドの瞳…。綺麗だけど、何でだろう。
何だか、不気味で怖い。
「おじさんの目って赤いんだね。」
「…君は赤い目は嫌いかな?」
「ううん。そんな事ないよ。私、赤い色好き。薔薇もアネモネもガーベラも赤い色だもの。」
「君はいい子だね。…あの女にそっくりだ。」
最後は低い声で呟いたのでよく聞き取れず、リスティーナは首を傾げた。
燦燦と照り付ける太陽の日差しが眩しく、リスティーナは目を細めた。
おじさんは暑くないのかな?チラッとリスティーナは男を見上げた。
その時、リスティーナは男の足元を見た。…影がない。
「こうして、魔王は勇者に滅ぼされました。」
母がリスティーナを膝の上に載せて読み聞かせてくれた勇者のお話。そこに魔王と魔物の話が載っていた。
魔王と魔物は本当にいるの?と聞くと、母は決まってこう答えた。
「昔はね。でも、今はいないわ。勇者が聖女と一緒に魔王を封印したと同時に魔族や魔物も消滅したの。だから、大丈夫よ。ティナ。魔王が復活しない限りは大丈夫…。」
そう言って、母は何かを言い聞かせるようにリスティーナの頭を優しく撫でた。
でも、その手は少しだけ震えていた。お母様?
「ねえ、お母様。もし、この絵本に出てくる魔物みたいに人間に化けて現れたら、どうすればいいの?人間の姿をしていると、魔物だって分からないよ。」
「大丈夫よ。人間に化けても、魔物だってすぐに分かるわ。幾つか特徴があるのよ。」
「特徴?」
「そう。一つ目は影がない、二つ目は鏡に姿が映らない、三つめは氷のように冷たい手をしていること。それにね…。一目見たら、分かるのよ。人間の直感は結構、鋭いのよ。」
リスティーナは母の言葉を思い出し、パッと手を離した。
「ティナ?」
訝し気に名を呼ぶヴァルトにリスティーナは立ち止まったままそこから動かない。
そして、恐る恐る口を開いた。
「おじさんは…、人間じゃないの?」
ヴァルトが息を吞んだ。ザアア、と風が吹き、花弁が舞った。
ヴァルトの被っていたフードが外れ、素顔が露になった。背中まである銀髪が風に靡いた。
ヴァルトは褐色の肌を持ったどこかエキゾチックで危険な色気を纏った美丈夫だった。
その容姿はぞくり、とする程、美しい。だけど…、リスティーナはそれよりも恐怖を感じた。
息が…、苦しい。上手く呼吸ができない。それに、心臓も苦しい。心臓の鼓動がドクン、ドクン、と激しく脈打つ。冷や汗が背中や頬を伝う。この感情は…、何?
「どうして、そう思うんだい?」
「あっ…、そ、それ…、は…、」
ガーネットレッドの瞳が細められる。それだけでリスティーナはビクッとして、思わず目を逸らした。
に、逃げなきゃ…!本能的にそう思うのに足が動かない。ガタガタと膝が震える。
「どうして…、そんな目で俺を見るのかな?俺は君に…、何もひどいことはしていないだろう?」
「ヒッ…!」
ヴァルトがリスティーナに手を伸ばすと、リスティーナは思わず悲鳴を上げた。
分からない。どうして、こんな気持ちになるのか…。自分でも分からない。
何故か目の前のこの人が怖い。怖くて、堪らない。
「…驚いた。その歳でもう俺の魔法を見破ってしまうのか。…やはり、危険だな。」
ガーネットレッドの目がギラッと光った。
リスティーナが反応するより早く、褐色の手がガッ、とリスティーナの首を掴んだ。
そのままギリギリと首を絞められる。
「っ…!」
「生かしておいては面倒だ。ここで息の根を止めておくか。」
息ができない。苦しい…!お母様!助けて…!女神様…!
心の中で助けを求めたその時…、
「ヴァルト!その子から離れなさい!」
凛とした声がしたと思ったら、息苦しさから解放される。
バッ、とリスティーナを庇うように両手を広げて、リスティーナの前に誰かが立ち塞がる。
誰…?プラチナブロンドの髪を靡かせ、女性は鋭い声を上げる。
「今すぐ立ち去りなさい!二度とこの子に近付かないで!」
「アリスティア…!貴様!いつもいつも俺様の邪魔をして…!」
女を睨みつけるヴァルトの身体がぐにゃり、と歪んでいく。そして、段々と身体が消えていく。
「くそっ…!力が…!」
悔し気な表情を浮かべ、男は消滅する寸前、憎々し気な表情を浮かべてこちらを睨みつけた。
その恐ろしい眼差しにリスティーナは恐怖した。思わず、ギュッと女性のスカートの裾に縋りついてしまう。
「怖かったでしょう?もう、大丈夫よ。」
男が消えても尚、恐怖で震えて動けないリスティーナの頭を優しい手が撫でてくれる。
何があったのかよく分からないが、この女の人が助けてくれたのだけは分かる。
顔を見上げるが太陽の光が反射して、顔がよく見えない。
「さあ、もうお眠りなさい。リスティーナ。いい夢を…。」
額にチュッと口づけられ、リスティーナはそのまま意識が遠のいていく。
色とりどりのお花がたくさん たくさん咲いてるの
夕陽のような赤い花、雪のように白い花、お日様のように黄色い花、空のような青い花
お花に囲まれて 色とりどりの花畑の中で わたしは踊る
お花の妖精も軽やかに踊り出す ずっと ずっと
花畑の中で歌を口ずさみながら、リスティーナは花冠を完成させた。
「できた!」
パア、と顔を輝かせる。
「エルザ!スザンヌ!花冠ができたよ!…あれ?」
二人の名を呼ぶが辺りには誰もいない。すぐ傍にいると思ったけど、どこに行ったのかな?
そう思いながら、リスティーナは自分が作った花冠を見て、満足げに微笑んだ。
「えへへっ!」
初めて作った花冠。お母様みたいに上手くはできないけど、あたしが一人で作った花冠。
そう思うと、ちょっと誇らしい気分になった。リスティーナは花冠を頭に載せて、くるくると踊った。
母がよく踊っている花の舞を真似してみたが、すぐに目が回ってしまい、足元がふらついてしまう。
「わっわっ!?」
その時、リスティーナは何かにぶつかってしまう。倒れそうになったリスティーナの手をパシッと掴まれた。…誰?
見上げると、黒いフードを頭からすっぽりと被った人物がリスティーナの手を掴んでいた。
その手はリスティーナの白い肌と違い、褐色色の肌をしていた。異国の人かな?
「お嬢さん。怪我は?」
「あ、ありがとう!おじさん!大丈夫だよ。」
リスティーナは助けてくれた男の人にお礼を言った。
フッ、と笑いながら、黒いフードの男はどういたしまして、と言い、リスティーナから手を離した。
サラッと銀色の髪が一房、フードの隙間から流れた。
「お嬢さんはここで何をしているの?」
「花冠を作ってたの!」
リスティーナは笑ってそう言った。
「素敵な花冠だね。」
「おじさんもお花好き?それじゃ、これあげる!」
母のお土産用に摘んでおいたラベンダーを差し出した。
男はビクッと怖気づいたように一歩下がった。
「おじさん?」
「あ、ああ。すまない。おじさんはラベンダーの香りが苦手でね…。気持ちだけ貰っておくよ。」
「そうなの?ごめんね。」
「いいんだよ。君のその気持ちは素直に嬉しい。君は優しいんだね。」
男はそう言って、フッと笑うと、リスティーナに近付くと、
「君は花が好きなんだね。」
「うん!大好き!」
リスティーナはニコッと微笑んだ。
「そうか。じゃあ、この先にある古い教会の裏に咲いている青い花畑も見たのかな?」
「え、青い花畑?」
青い花畑なんて見たことがない。行ってみたい。リスティーナは好奇心が擽られた。
「ああ。もしかして、まだ見てないのかな?…可愛いお嬢さん。ここで会ったのも何かの縁だ。良ければ、一緒に見に行かないか?」
「本当?ありがとう。」
リスティーナは頷くが、不意に口を噤む。
「あ…、ごめんなさい。やっぱり、行けないの。」
「どうして?」
「エルザとスザンヌが戻ってくるかもしれないし、お母様が…、知らない人にはついて行っちゃいけませんって言ってたから…。」
「ヴァルト。」
「え?」
「俺の名前はヴァルトだ。それで?お嬢さん。君の名前は?」
「…ティナ。」
咄嗟にリスティーナはいつも使っている偽名を口にした。
身分を隠して、外に出かけている時はいつもこの名前を使っている。
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ヴァルトと名乗ったその男は口角を吊り上げると、リスティーナの手を握った。
その冷たさにリスティーナはビクリ、とした。
そのまま握手をされる。
「ほら。これで俺と君は知り合いになった。ああ。心配しなくても、君の連れには俺からちゃんと伝えておこう。」
そう言って、ヴァルトが指を振る。すると、突然、空中に黒い羽根ペンと手紙が現れる。
羽根ペンが意思を持ったようにスラスラと文字を書いていく。
「伝言を残しておいたから、これで大丈夫だ。さあ、行こうか。」
「でも…、」
「そんなに警戒しないでくれ。俺は君に何かひどいことをしたかな?」
リスティーナはフルフル、と首を横に振る。
「そうだろう?むしろ、俺は君を助けてあげたじゃないか。だから、そんな態度を取られると、傷つくよ。」
「あ…。」
そうだ。確かにこの人は転びそうになった私を助けてくれた。
シュン、と落ち込んだ様子を見せる男にリスティーナは罪悪感を抱いた。
「ごめんなさい。おじさん。」
「じゃあ、俺と一緒に行ってくれるな?良かった。優しい君なら、そう言ってくれると思っていたよ。」
落ち込んでいたのが嘘のように明るくなったヴァルトの口調にリスティーナは戸惑ったが、ヴァルトの勢いに押されてしまう。そのまま自然な動作でヴァルトに手を握られる。
その冷たさにリスティーナは背筋がぞくりとした。やっぱり、冷たい…。まるで氷みたい。
「おじさん寒いの?」
「どうして?」
「だって、手が冷たいから。」
さっき、転びそうになって手を掴んだ時もこの人の手は冷たかった。
「…ああ。俺は冷え症なんだ。」
「ふうん?」
フードの奥から覗く血のような赤い瞳がギラッと光った。
ガーネットレッドの瞳…。綺麗だけど、何でだろう。
何だか、不気味で怖い。
「おじさんの目って赤いんだね。」
「…君は赤い目は嫌いかな?」
「ううん。そんな事ないよ。私、赤い色好き。薔薇もアネモネもガーベラも赤い色だもの。」
「君はいい子だね。…あの女にそっくりだ。」
最後は低い声で呟いたのでよく聞き取れず、リスティーナは首を傾げた。
燦燦と照り付ける太陽の日差しが眩しく、リスティーナは目を細めた。
おじさんは暑くないのかな?チラッとリスティーナは男を見上げた。
その時、リスティーナは男の足元を見た。…影がない。
「こうして、魔王は勇者に滅ぼされました。」
母がリスティーナを膝の上に載せて読み聞かせてくれた勇者のお話。そこに魔王と魔物の話が載っていた。
魔王と魔物は本当にいるの?と聞くと、母は決まってこう答えた。
「昔はね。でも、今はいないわ。勇者が聖女と一緒に魔王を封印したと同時に魔族や魔物も消滅したの。だから、大丈夫よ。ティナ。魔王が復活しない限りは大丈夫…。」
そう言って、母は何かを言い聞かせるようにリスティーナの頭を優しく撫でた。
でも、その手は少しだけ震えていた。お母様?
「ねえ、お母様。もし、この絵本に出てくる魔物みたいに人間に化けて現れたら、どうすればいいの?人間の姿をしていると、魔物だって分からないよ。」
「大丈夫よ。人間に化けても、魔物だってすぐに分かるわ。幾つか特徴があるのよ。」
「特徴?」
「そう。一つ目は影がない、二つ目は鏡に姿が映らない、三つめは氷のように冷たい手をしていること。それにね…。一目見たら、分かるのよ。人間の直感は結構、鋭いのよ。」
リスティーナは母の言葉を思い出し、パッと手を離した。
「ティナ?」
訝し気に名を呼ぶヴァルトにリスティーナは立ち止まったままそこから動かない。
そして、恐る恐る口を開いた。
「おじさんは…、人間じゃないの?」
ヴァルトが息を吞んだ。ザアア、と風が吹き、花弁が舞った。
ヴァルトの被っていたフードが外れ、素顔が露になった。背中まである銀髪が風に靡いた。
ヴァルトは褐色の肌を持ったどこかエキゾチックで危険な色気を纏った美丈夫だった。
その容姿はぞくり、とする程、美しい。だけど…、リスティーナはそれよりも恐怖を感じた。
息が…、苦しい。上手く呼吸ができない。それに、心臓も苦しい。心臓の鼓動がドクン、ドクン、と激しく脈打つ。冷や汗が背中や頬を伝う。この感情は…、何?
「どうして、そう思うんだい?」
「あっ…、そ、それ…、は…、」
ガーネットレッドの瞳が細められる。それだけでリスティーナはビクッとして、思わず目を逸らした。
に、逃げなきゃ…!本能的にそう思うのに足が動かない。ガタガタと膝が震える。
「どうして…、そんな目で俺を見るのかな?俺は君に…、何もひどいことはしていないだろう?」
「ヒッ…!」
ヴァルトがリスティーナに手を伸ばすと、リスティーナは思わず悲鳴を上げた。
分からない。どうして、こんな気持ちになるのか…。自分でも分からない。
何故か目の前のこの人が怖い。怖くて、堪らない。
「…驚いた。その歳でもう俺の魔法を見破ってしまうのか。…やはり、危険だな。」
ガーネットレッドの目がギラッと光った。
リスティーナが反応するより早く、褐色の手がガッ、とリスティーナの首を掴んだ。
そのままギリギリと首を絞められる。
「っ…!」
「生かしておいては面倒だ。ここで息の根を止めておくか。」
息ができない。苦しい…!お母様!助けて…!女神様…!
心の中で助けを求めたその時…、
「ヴァルト!その子から離れなさい!」
凛とした声がしたと思ったら、息苦しさから解放される。
バッ、とリスティーナを庇うように両手を広げて、リスティーナの前に誰かが立ち塞がる。
誰…?プラチナブロンドの髪を靡かせ、女性は鋭い声を上げる。
「今すぐ立ち去りなさい!二度とこの子に近付かないで!」
「アリスティア…!貴様!いつもいつも俺様の邪魔をして…!」
女を睨みつけるヴァルトの身体がぐにゃり、と歪んでいく。そして、段々と身体が消えていく。
「くそっ…!力が…!」
悔し気な表情を浮かべ、男は消滅する寸前、憎々し気な表情を浮かべてこちらを睨みつけた。
その恐ろしい眼差しにリスティーナは恐怖した。思わず、ギュッと女性のスカートの裾に縋りついてしまう。
「怖かったでしょう?もう、大丈夫よ。」
男が消えても尚、恐怖で震えて動けないリスティーナの頭を優しい手が撫でてくれる。
何があったのかよく分からないが、この女の人が助けてくれたのだけは分かる。
顔を見上げるが太陽の光が反射して、顔がよく見えない。
「さあ、もうお眠りなさい。リスティーナ。いい夢を…。」
額にチュッと口づけられ、リスティーナはそのまま意識が遠のいていく。
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