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第四章 覚醒編
雨の匂い
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「あ!リスティーナ様。ここにいたんですね。捜しましたよ。」
「あ…。ルカ。」
「殿下の体調も落ち着いてきたのでそろそろ出発するみたいですよ。」
「ルーファス様はもう大丈夫なの?」
「追加で酔い止めの薬を飲んだのでとりあえずは大丈夫だと思います。そういえば、リスティーナ様は馬車酔いの方は大丈夫ですか?」
「私は大丈夫よ。」
「それなら、いいんですけど…。もし、不安なら酔い止めの薬があるので必要なら言って下さい。」
「ありがとう。ルカ。」
「この後の予定なんですけど、明日の正午までには着きそうだとロジャーさんが言ってました。
そうそう。この先は海沿いの道を通るので、景色を楽しめると思いますよ。窓から海が見えるそうなので良かったら…、」
「!」
ルカの言葉にリスティーナはビクッとした。
海沿いの道を通ってはいけない。あの老婆の言葉が脳裏に甦った。
どうして…、今日、会ったばかりのあのおばあさんの言葉がこんなにも気になるのだろう。
初めて会ったばかりの人の言葉を真に受けるなんて馬鹿げている。
頭ではそう思うのに…、あの言葉が耳にこびりついて離れない。
「比較的道も安定しているので悪酔いすることもありませんし、潮風が吹いて、気持ちいいと思うので…。」
「ねえ、ルカ…。あの、その馬車の行き先の事なんだけど…、」
そこまで言いかけていると、不意にフワッと独特の匂いが鼻腔を擽った。
この、匂い…。それに、この空気…。
思わず空を見上げる。空は快晴だ。青い空と白い雲が広がり、太陽の光が降り注いでいる。
でも…、少しずつ雲の流れが変わっている。それに、風の動きも…。
この感じ…。間違いない。
「リスティーナ様?どうしました?」
そんなリスティーナにルカが怪訝そうな表情を浮かべる。
「ルカ。もうすぐ、雨が降りそうな予感がするの。海沿いの道を通るのは危険だわ。今すぐ経路を変更して、別の道を通った方がいいと思うの。」
「え、雨?いや。でも…、こんなに晴れていますし…。」
ルカはリスティーナの言葉に困惑した。
「嫌な予感がするの。お願い…!海沿いの道は通らないで。」
「いや。でも、今から経路を変更するとなると色々と段取りが…、」
ルカはリスティーナの言葉に難色を示した。
「姫様。良かった。姿が見当たらなかったので心配しました。ルカが連れて来てくれたのね。ありがとう。」
馬車の停留所までやってきたリスティーナの姿に同行していたスザンヌが駆け寄ってきた。
「さ、姫様。そろそろ、出発する時間ですので早く馬車に…、」
そう言って、スザンヌは馬車に乗るようにリスティーナを促した。
「あの、スザンヌさん。実はリスティーナ様が今から雨が降る予感がするから、海沿いの道を通るのは止めて欲しいと仰って…、」
「…雨?」
スザンヌはルカの言葉に反応し、真剣な表情を浮かべると、リスティーナに向き直った。
「姫様…。もしかして、雨の匂いがするのですか?」
リスティーナは頷いた。
「雨の匂い?」
ルカが不思議そうな顔をして、首を傾げる。
「姫様は昔から雨の匂いに敏感だったの。雨が降る前は必ず独特の匂いがすると仰ってて…。姫様が雨が降ると言うのなら、その可能性は高いと私は思うわ。この天気だと信じられないかもしれないけど…、殿下とロジャーさんに話してみてはどうかしら?」
「え…。いや。でも…、」
「ごめんなさい。直前にこんな我儘を言うのは迷惑を掛けるとは分かっているの…。でも…、もし、このまま海沿いの道を通ったら…、何だかよくないことが起こる気がするの。」
海沿いの道を通れば、ルーファス様が死ぬ。
あの時に言われた言葉が甦る。リスティーナは不安から震える手をギュッと握りしめた。
「わー!待って!リスティーナ様!そんな泣きそうな顔しないでください!そんな顔をさせたと殿下やロジャーさんに知られたら、どんなお叱りを受ける事か…!」
ルカはリスティーナを見て、慌てふためき、顔を青褪めた。
余程、ロジャーとルーファスが怖いのかガタガタと震えている。
とりあえず、殿下に報告してきます!と言って、ルカは大慌てでルーファスの元に向かった。
「リスティーナが?…そう言ったのか?これから、雨が降ると?」
「は、はい。それで…、経路を変更して欲しいと仰って…。」
「リスティーナはどの道を通りたいと希望している?」
「え?えっと…、確か東の森を迂回して欲しいと言ってましたが…。」
「分かった。では、海沿いの道を通るのは止めにして、東の森を迂回するよう御者に伝えてくれ。」
「え!?」
「何だ。大きな声を出して。」
「い、いや…。まさか殿下がそんなあっさりと了承するとは思わなかったので…。僕達は構わないんですが殿下はそれで大丈夫なんですか?その経路だと、予定よりも長時間の移動になりますよ。着くのも遅くなるかもしれませんし…。」
「構わない。リスティーナがそうしたいと言っているのだろう。」
「あの…、まさか殿下も今から雨が降ると思っているのですか?そりゃ、僕だってリスティーナ様の言葉を疑いたくはありませんけど、さすがにこの天気じゃ雨は降りませんって!絶対!」
リスティーナの話を端から信じていない様子のルカを見やり、ルーファスは窓から空を見上げた。
確かにこの天候を見ていると、今から雨が降るとは考えられない。だが…、彼女は占いで天気を正確に言い当てたことがあった。あれがただの偶然とは思えない。当の本人は本当に当たるなんて…、と驚いていたが…。
「今に分かる。…ルカ。とにかく、今はリスティーナの言う通りにしろ。」
「は、はい…。分かりました。」
ルカは戸惑いながらもルーファスの言葉に頷き、御者にその旨を伝えに行き、リスティーナにも許可が下りたことを伝えた。
「リスティーナ様。殿下に話したら、了承してくれましたよ。」
「それじゃあ…、」
「海沿いの道を通るのは中止して、東の森を迂回して行くことになりました。」
「!」
リスティーナはぱあっと顔を輝かせた。
「ありがとう!ルカ!何てお礼を言ったらいいのか…。」
「お礼なら、殿下に言ってください。僕は殿下にリスティーナ様の伝言を伝えただけですから。」
「姫様。良かったですね。」
「うん!スザンヌもありがとう!」
リスティーナはルカに口利きしてくれたスザンヌにも笑顔でお礼を言った。
「さ、リスティーナ様も早く馬車に。」
「ええ。」
ようやくリスティーナは安心して、馬車に乗ることができた。
「首尾はどうなっておる?」
「滞りなく。もう既に手駒の者達は例の場所で待機しております。後は、獲物が罠にかかるのを待つだけにございます。」
「フッ…、そうか。」
黒いフードの女の言葉に金髪を結い上げた妙齢の女性は扇を手にして、口元を歪めて笑った。
「フフッ…、今度こそ、あの化け物を始末してくれようぞ。」
「ええ。王妃様。あのような汚らわしい存在がイグアス殿下の兄として存在するなどあってはならないこと…。将来、皇帝の座に就くイグアス殿下の名に傷がついてしまいますわ。この国の為、王家の為にもルーファス殿下は排除すべきです。」
王妃、ヨランダは黒いフードの女の言葉に気をよくしたように笑った。
「そなたもそう思うか。そうであろう。…ああ。今、思い出しても腹立たしい。あの女狐め!事あるごとにルーファスの名を出して、わらわを侮辱してきおって…!ああ…!忌々しい!それもこれも全てルーファスのせいじゃ!あの化け物を産んだせいでわらわの人生は狂わされたのじゃ!」
「王妃様。何て、お労しい…。また、パメラ様に酷い事を言われたのですね。」
ヨランダが女狐と呼ぶ女が誰の事なのか女はすぐに悟った。あのヨランダが敵視する女は一人しかいない。
パメラはハロルド皇帝の側室で第一王子、ダグラスの生母である。
正妃であるヨランダと側室のパメラは険悪な仲で顔を合わせれば嫌味の応酬となる。
ヨランダとパメラはどちらも王子を産んでいる。野心家で気位の高い二人はお互いが我が子を皇帝にという野望を抱いている為、対立関係にあった。
パメラは特にルーファスの事で嫌味や皮肉を混じえて嘲笑してくるのだ。
ヨランダはその度に腸が煮えくり返るような思いをした。そして、その矛先はルーファスに向けられた。
「ご安心ください。王妃様。ルーファス殿下を始末すればもうそのような心配はいりませぬ。もうしばらくの辛抱で御座います。」
「…そうじゃな。あやつはもう大分、弱ってきていると聞くし…。今が狙い時じゃな。……して、ヘルガよ。後始末の方は大丈夫なのじゃろうな?」
「問題ありません。当初の計画通り、野盗の仕業に見せかけてルーファス王子を仕留めてみせます。王妃様に繋がる証拠は一切、消しておきましたのでご安心を。万が一のことがあっても金で雇った野盗の連中に罪を着せればいいだけの話。」
「フフッ…、そうか。さすがじゃな。ヘルガ。」
「勿体ないお言葉…。」
「成功した暁には褒美を取らせようぞ。何が望みじゃ?」
「では…、ルーファス王子を殺したら、その遺体を私に頂いても?」
「あの化け物の遺体を?正気か?」
「呪われた男の身体がどうなっているかを調べたいのです。それに…、いい実験材料になりそうですし。」
「相変わらず、そなたはいかれた女よのお。まだ黒魔術の研究とやらに嵌まっておるのか?わらわには理解できぬ。…よかろう。好きにするがよい。わらわはルーファスを始末できればそれでよい。」
「ありがとうございます。それともう一つ、お願いが…。ルーファス王子の従者と同行している側室の女も私に下さいませんか?」
「リスティーナとあの貧乏男爵家の息子をか?また、何か実験にでも使うつもりか?」
「実は、最近、生贄の儀式に使う素材を捜していたのです。若く美しい少年や娘はいるのですが、やはり、平民や孤児だと粗が目立って見劣りしてしまい…。貴族や王族出身の者なら、肌も上質そうですし、傷もなさそうだから丁度いいかと思いまして…。」
「フフッ…、構わぬ。あの女はわらわに反抗的で気に入らなかったのじゃ。元々、ルーファスと一緒に始末するつもりじゃったし、好きにするがよい。」
「ありがとうございます。王妃様。…それでは、また後程。」
黒いフードの女はニッと笑い、フッと暗闇に溶けるかのように姿が掻き消えた。
ヨランダは満足げな笑みを浮かべ、
「ああ…!やっと、あの化け物を始末できる…!あやつを始末すればわらわの人生最大の汚点はなくなる!もう、あの女狐に化け物を産んだ女と馬鹿にされることもなくなるのじゃ!」
ヨランダは楽しそうに叫びながら、狂ったように笑った。
ルーファスの移動経路は既に入手済みだ。海沿いの道を通るとのことなのでそこでヘルガが雇った野盗達と手駒の兵達は待ち伏せをしている。後は、ルーファスが現れるのを待つのみ…。
ヨランダは勝利を確信した。空の上には黒い雲がかかり、怪しい天気になりつつあることにヨランダは気が付かなかった。
「おい。ターゲットの馬車はまだか?」
「依頼者の話だと、もうそろそろなんだが…、」
「お貴族様の馬車を奪って、中にいる仮面の男を殺すだけであんな大金を貰えるなんて楽な仕事だな。」
海沿いの道のある一角では野盗の男達が刃を研ぎ澄ませながら、今か今かと待ち構えていた。
その時、いきなり、空が陰ってきた。黒い雲が空を覆い、程なくして雨が降ってきた。
「チッ…!こんな時に雨かよ…!」
「さっきまであんなに晴れていやがったのに…!」
ゴロゴロ、と雷の鳴る音がしだした。カッと光ったと思ったら、強い音と共に近くの大木に雷が落ちた。
「ぎゃあああああ!」
誰かが雷に打たれたのか悲鳴を上げて、倒れた。倒れた男に駆け寄ろうとするも、雷は鳴りやまずにそのまま立て続けに人に向かって雷が落ちてくる。岩を砕き、木を倒し、巻き添えになってバタバタと人が倒れていく。勢い余って崖から落ちてしまった者もいる。
「うわああああ!」
「助けてくれー!」
「ど、どうなってんだ!?何でここばっかり雷が!?」
「ま、待て!貴様ら!任務を遂行しろ!もうすぐ奴が来るから、ここで仕留め…!」
野盗と違い、王妃の手の者の騎士らしき男が逃げ惑う部下や野盗達を叱咤する。しかし、男はふと、視線を感じて口を噤んだ。思わず目を向けると、そこには、白い獣が佇んでいた。
白い毛並みに黒の縞模様の獣…、ホワイトタイガーだ。男は恐怖で足が動かなかった。その隙をホワイトタイガーは見逃さない。
グワッと牙を剥き、男に襲い掛かり、首元に食らいついた。喉を引き裂かれた男はそのまま絶命した。
「うわああああ!獣だ!逃げろー!」
「あ、あれって伝説のホワイトタイガーじゃねえか!し、仕留めれば一生遊んで暮らせ…、」
「馬鹿!死にたいのか!いいから、逃げろ!」
突如として現れたホワイトタイガーの姿に人々は我先にと逃げ出した。
だが、彼らは知らない。この数分後に土砂崩れが起きて、全員命を落としてしまうという事を。
そして、ホワイトタイガーはそれを見届けると、フッと消えていなくなった。
まるで最初からそこにいなかったかのように。
「あ…。ルカ。」
「殿下の体調も落ち着いてきたのでそろそろ出発するみたいですよ。」
「ルーファス様はもう大丈夫なの?」
「追加で酔い止めの薬を飲んだのでとりあえずは大丈夫だと思います。そういえば、リスティーナ様は馬車酔いの方は大丈夫ですか?」
「私は大丈夫よ。」
「それなら、いいんですけど…。もし、不安なら酔い止めの薬があるので必要なら言って下さい。」
「ありがとう。ルカ。」
「この後の予定なんですけど、明日の正午までには着きそうだとロジャーさんが言ってました。
そうそう。この先は海沿いの道を通るので、景色を楽しめると思いますよ。窓から海が見えるそうなので良かったら…、」
「!」
ルカの言葉にリスティーナはビクッとした。
海沿いの道を通ってはいけない。あの老婆の言葉が脳裏に甦った。
どうして…、今日、会ったばかりのあのおばあさんの言葉がこんなにも気になるのだろう。
初めて会ったばかりの人の言葉を真に受けるなんて馬鹿げている。
頭ではそう思うのに…、あの言葉が耳にこびりついて離れない。
「比較的道も安定しているので悪酔いすることもありませんし、潮風が吹いて、気持ちいいと思うので…。」
「ねえ、ルカ…。あの、その馬車の行き先の事なんだけど…、」
そこまで言いかけていると、不意にフワッと独特の匂いが鼻腔を擽った。
この、匂い…。それに、この空気…。
思わず空を見上げる。空は快晴だ。青い空と白い雲が広がり、太陽の光が降り注いでいる。
でも…、少しずつ雲の流れが変わっている。それに、風の動きも…。
この感じ…。間違いない。
「リスティーナ様?どうしました?」
そんなリスティーナにルカが怪訝そうな表情を浮かべる。
「ルカ。もうすぐ、雨が降りそうな予感がするの。海沿いの道を通るのは危険だわ。今すぐ経路を変更して、別の道を通った方がいいと思うの。」
「え、雨?いや。でも…、こんなに晴れていますし…。」
ルカはリスティーナの言葉に困惑した。
「嫌な予感がするの。お願い…!海沿いの道は通らないで。」
「いや。でも、今から経路を変更するとなると色々と段取りが…、」
ルカはリスティーナの言葉に難色を示した。
「姫様。良かった。姿が見当たらなかったので心配しました。ルカが連れて来てくれたのね。ありがとう。」
馬車の停留所までやってきたリスティーナの姿に同行していたスザンヌが駆け寄ってきた。
「さ、姫様。そろそろ、出発する時間ですので早く馬車に…、」
そう言って、スザンヌは馬車に乗るようにリスティーナを促した。
「あの、スザンヌさん。実はリスティーナ様が今から雨が降る予感がするから、海沿いの道を通るのは止めて欲しいと仰って…、」
「…雨?」
スザンヌはルカの言葉に反応し、真剣な表情を浮かべると、リスティーナに向き直った。
「姫様…。もしかして、雨の匂いがするのですか?」
リスティーナは頷いた。
「雨の匂い?」
ルカが不思議そうな顔をして、首を傾げる。
「姫様は昔から雨の匂いに敏感だったの。雨が降る前は必ず独特の匂いがすると仰ってて…。姫様が雨が降ると言うのなら、その可能性は高いと私は思うわ。この天気だと信じられないかもしれないけど…、殿下とロジャーさんに話してみてはどうかしら?」
「え…。いや。でも…、」
「ごめんなさい。直前にこんな我儘を言うのは迷惑を掛けるとは分かっているの…。でも…、もし、このまま海沿いの道を通ったら…、何だかよくないことが起こる気がするの。」
海沿いの道を通れば、ルーファス様が死ぬ。
あの時に言われた言葉が甦る。リスティーナは不安から震える手をギュッと握りしめた。
「わー!待って!リスティーナ様!そんな泣きそうな顔しないでください!そんな顔をさせたと殿下やロジャーさんに知られたら、どんなお叱りを受ける事か…!」
ルカはリスティーナを見て、慌てふためき、顔を青褪めた。
余程、ロジャーとルーファスが怖いのかガタガタと震えている。
とりあえず、殿下に報告してきます!と言って、ルカは大慌てでルーファスの元に向かった。
「リスティーナが?…そう言ったのか?これから、雨が降ると?」
「は、はい。それで…、経路を変更して欲しいと仰って…。」
「リスティーナはどの道を通りたいと希望している?」
「え?えっと…、確か東の森を迂回して欲しいと言ってましたが…。」
「分かった。では、海沿いの道を通るのは止めにして、東の森を迂回するよう御者に伝えてくれ。」
「え!?」
「何だ。大きな声を出して。」
「い、いや…。まさか殿下がそんなあっさりと了承するとは思わなかったので…。僕達は構わないんですが殿下はそれで大丈夫なんですか?その経路だと、予定よりも長時間の移動になりますよ。着くのも遅くなるかもしれませんし…。」
「構わない。リスティーナがそうしたいと言っているのだろう。」
「あの…、まさか殿下も今から雨が降ると思っているのですか?そりゃ、僕だってリスティーナ様の言葉を疑いたくはありませんけど、さすがにこの天気じゃ雨は降りませんって!絶対!」
リスティーナの話を端から信じていない様子のルカを見やり、ルーファスは窓から空を見上げた。
確かにこの天候を見ていると、今から雨が降るとは考えられない。だが…、彼女は占いで天気を正確に言い当てたことがあった。あれがただの偶然とは思えない。当の本人は本当に当たるなんて…、と驚いていたが…。
「今に分かる。…ルカ。とにかく、今はリスティーナの言う通りにしろ。」
「は、はい…。分かりました。」
ルカは戸惑いながらもルーファスの言葉に頷き、御者にその旨を伝えに行き、リスティーナにも許可が下りたことを伝えた。
「リスティーナ様。殿下に話したら、了承してくれましたよ。」
「それじゃあ…、」
「海沿いの道を通るのは中止して、東の森を迂回して行くことになりました。」
「!」
リスティーナはぱあっと顔を輝かせた。
「ありがとう!ルカ!何てお礼を言ったらいいのか…。」
「お礼なら、殿下に言ってください。僕は殿下にリスティーナ様の伝言を伝えただけですから。」
「姫様。良かったですね。」
「うん!スザンヌもありがとう!」
リスティーナはルカに口利きしてくれたスザンヌにも笑顔でお礼を言った。
「さ、リスティーナ様も早く馬車に。」
「ええ。」
ようやくリスティーナは安心して、馬車に乗ることができた。
「首尾はどうなっておる?」
「滞りなく。もう既に手駒の者達は例の場所で待機しております。後は、獲物が罠にかかるのを待つだけにございます。」
「フッ…、そうか。」
黒いフードの女の言葉に金髪を結い上げた妙齢の女性は扇を手にして、口元を歪めて笑った。
「フフッ…、今度こそ、あの化け物を始末してくれようぞ。」
「ええ。王妃様。あのような汚らわしい存在がイグアス殿下の兄として存在するなどあってはならないこと…。将来、皇帝の座に就くイグアス殿下の名に傷がついてしまいますわ。この国の為、王家の為にもルーファス殿下は排除すべきです。」
王妃、ヨランダは黒いフードの女の言葉に気をよくしたように笑った。
「そなたもそう思うか。そうであろう。…ああ。今、思い出しても腹立たしい。あの女狐め!事あるごとにルーファスの名を出して、わらわを侮辱してきおって…!ああ…!忌々しい!それもこれも全てルーファスのせいじゃ!あの化け物を産んだせいでわらわの人生は狂わされたのじゃ!」
「王妃様。何て、お労しい…。また、パメラ様に酷い事を言われたのですね。」
ヨランダが女狐と呼ぶ女が誰の事なのか女はすぐに悟った。あのヨランダが敵視する女は一人しかいない。
パメラはハロルド皇帝の側室で第一王子、ダグラスの生母である。
正妃であるヨランダと側室のパメラは険悪な仲で顔を合わせれば嫌味の応酬となる。
ヨランダとパメラはどちらも王子を産んでいる。野心家で気位の高い二人はお互いが我が子を皇帝にという野望を抱いている為、対立関係にあった。
パメラは特にルーファスの事で嫌味や皮肉を混じえて嘲笑してくるのだ。
ヨランダはその度に腸が煮えくり返るような思いをした。そして、その矛先はルーファスに向けられた。
「ご安心ください。王妃様。ルーファス殿下を始末すればもうそのような心配はいりませぬ。もうしばらくの辛抱で御座います。」
「…そうじゃな。あやつはもう大分、弱ってきていると聞くし…。今が狙い時じゃな。……して、ヘルガよ。後始末の方は大丈夫なのじゃろうな?」
「問題ありません。当初の計画通り、野盗の仕業に見せかけてルーファス王子を仕留めてみせます。王妃様に繋がる証拠は一切、消しておきましたのでご安心を。万が一のことがあっても金で雇った野盗の連中に罪を着せればいいだけの話。」
「フフッ…、そうか。さすがじゃな。ヘルガ。」
「勿体ないお言葉…。」
「成功した暁には褒美を取らせようぞ。何が望みじゃ?」
「では…、ルーファス王子を殺したら、その遺体を私に頂いても?」
「あの化け物の遺体を?正気か?」
「呪われた男の身体がどうなっているかを調べたいのです。それに…、いい実験材料になりそうですし。」
「相変わらず、そなたはいかれた女よのお。まだ黒魔術の研究とやらに嵌まっておるのか?わらわには理解できぬ。…よかろう。好きにするがよい。わらわはルーファスを始末できればそれでよい。」
「ありがとうございます。それともう一つ、お願いが…。ルーファス王子の従者と同行している側室の女も私に下さいませんか?」
「リスティーナとあの貧乏男爵家の息子をか?また、何か実験にでも使うつもりか?」
「実は、最近、生贄の儀式に使う素材を捜していたのです。若く美しい少年や娘はいるのですが、やはり、平民や孤児だと粗が目立って見劣りしてしまい…。貴族や王族出身の者なら、肌も上質そうですし、傷もなさそうだから丁度いいかと思いまして…。」
「フフッ…、構わぬ。あの女はわらわに反抗的で気に入らなかったのじゃ。元々、ルーファスと一緒に始末するつもりじゃったし、好きにするがよい。」
「ありがとうございます。王妃様。…それでは、また後程。」
黒いフードの女はニッと笑い、フッと暗闇に溶けるかのように姿が掻き消えた。
ヨランダは満足げな笑みを浮かべ、
「ああ…!やっと、あの化け物を始末できる…!あやつを始末すればわらわの人生最大の汚点はなくなる!もう、あの女狐に化け物を産んだ女と馬鹿にされることもなくなるのじゃ!」
ヨランダは楽しそうに叫びながら、狂ったように笑った。
ルーファスの移動経路は既に入手済みだ。海沿いの道を通るとのことなのでそこでヘルガが雇った野盗達と手駒の兵達は待ち伏せをしている。後は、ルーファスが現れるのを待つのみ…。
ヨランダは勝利を確信した。空の上には黒い雲がかかり、怪しい天気になりつつあることにヨランダは気が付かなかった。
「おい。ターゲットの馬車はまだか?」
「依頼者の話だと、もうそろそろなんだが…、」
「お貴族様の馬車を奪って、中にいる仮面の男を殺すだけであんな大金を貰えるなんて楽な仕事だな。」
海沿いの道のある一角では野盗の男達が刃を研ぎ澄ませながら、今か今かと待ち構えていた。
その時、いきなり、空が陰ってきた。黒い雲が空を覆い、程なくして雨が降ってきた。
「チッ…!こんな時に雨かよ…!」
「さっきまであんなに晴れていやがったのに…!」
ゴロゴロ、と雷の鳴る音がしだした。カッと光ったと思ったら、強い音と共に近くの大木に雷が落ちた。
「ぎゃあああああ!」
誰かが雷に打たれたのか悲鳴を上げて、倒れた。倒れた男に駆け寄ろうとするも、雷は鳴りやまずにそのまま立て続けに人に向かって雷が落ちてくる。岩を砕き、木を倒し、巻き添えになってバタバタと人が倒れていく。勢い余って崖から落ちてしまった者もいる。
「うわああああ!」
「助けてくれー!」
「ど、どうなってんだ!?何でここばっかり雷が!?」
「ま、待て!貴様ら!任務を遂行しろ!もうすぐ奴が来るから、ここで仕留め…!」
野盗と違い、王妃の手の者の騎士らしき男が逃げ惑う部下や野盗達を叱咤する。しかし、男はふと、視線を感じて口を噤んだ。思わず目を向けると、そこには、白い獣が佇んでいた。
白い毛並みに黒の縞模様の獣…、ホワイトタイガーだ。男は恐怖で足が動かなかった。その隙をホワイトタイガーは見逃さない。
グワッと牙を剥き、男に襲い掛かり、首元に食らいついた。喉を引き裂かれた男はそのまま絶命した。
「うわああああ!獣だ!逃げろー!」
「あ、あれって伝説のホワイトタイガーじゃねえか!し、仕留めれば一生遊んで暮らせ…、」
「馬鹿!死にたいのか!いいから、逃げろ!」
突如として現れたホワイトタイガーの姿に人々は我先にと逃げ出した。
だが、彼らは知らない。この数分後に土砂崩れが起きて、全員命を落としてしまうという事を。
そして、ホワイトタイガーはそれを見届けると、フッと消えていなくなった。
まるで最初からそこにいなかったかのように。
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