143 / 222
第三章 立志編
ハイビスカスのお茶
しおりを挟む
「殿下!リスティーナ様も…!ああ…!良かった!」
別館に着くと、既にルーファスがいないことに気付いて、心配していたのだろう。
すぐにリリアナが涙目になって出迎えてくれた。
が、ルーファスの容態の悪さに気が付くと、サッと顔を青褪めた。
「た、大変です!ロジャー様!殿下が!」
すぐにリリアナはロジャーを呼んだ。
ルーファスはすぐに部屋に運ばれ、ベッドに寝かせられた。
ロジャーは医者を手配したりと慌ただしく動いている。
ルカとロイドの姿が見えないなと思ったら、どうやら、ルーファスがいなくなった後、ルカやロイドは王宮まで捜しに行ったとのことなので丁度、入れ違いになってしまったようだった。
リスティーナはルーファスの看病をするために部屋に入った。
成り行きでジェレミアも部屋に入ってきた。
リスティーナはルーファスが呼吸しやすくなるように仮面を剥がした。
素顔が露になって、ジェレミアはギョッと目を剥いた。
顔に刻まれた黒い紋様は不気味で薄気味悪く見える。初めて、目にした人間は驚くかもしれない。
リスティーナからすれば見慣れたものだったので気にした様子もなく、心配そうにルーファスを見つめる。
必死にルーファスに呼びかけ、枕元で看病をする。汗をハンカチで拭っていく。
凄い汗…。このままだと脱水症になってしまう。唇も乾いているし、喉が渇いているのかも…。
リスティーナは吸い飲みを使ってルーファスに水を飲ませようとする。
だけど、もう飲む力がないのかルーファスの口から水が零れてしまう。
は、恥ずかしいけど…、仕方ない。これは、あくまでも看病だから…!
リスティーナは羞恥心を抱きながらも、心の中で自分に言い聞かせ、クピッと自分の口の中に水を含ませた。そのまま口移しで彼に水を飲ませる。
ゴクッと嚥下する音が聞こえる。リスティーナはホッとした。何度か口移しでルーファスに水を飲ませていく。
ルーファスが私の手を握っているだけで安心すると言っていたのを思い出し、リスティーナはギュッと彼の手を握り締める。どうか…!ルーファス様が良くなりますように…!
リスティーナは心の中でそう祈った。
「……。」
ジェレミアはそんなリスティーナをじっと見つめたまま、その場から動けなかった。
医者が到着した頃には、ルーファスの顔色も良くなり、呼吸も安定していた。
一度、診察の為にリスティーナとジェレミアは部屋を退出した。
「あの…、すみません。皇女殿下。ここまで付き合わせてしまって…。殿下をここまで送っていただき、ありがとうございました。」
リスティーナはジェレミアにペコリ、と頭を下げ、
「もう後は大丈夫ですから、広間に戻っていただいても…、」
「…いえ。あの…、実は個人的に私からあなたに話があるのです。良ければ…、お時間を頂けないでしょうか?」
「私に、ですか?」
リスティーナはきょとん、としながら目を瞬いた。
話って何だろう?断る理由もないのでリスティーナは快く頷いた。
「分かりました。では…、場所を変えましょうか。」
廊下で立ち話する訳にもいかず、リスティーナはすぐに客間に案内した。
「こちらへどうぞ。」
ジェレミアを客間に通し、長椅子に座るように勧めた。
「今、お茶を淹れますので少々、お待ちください。」
「あ、いえ。どうぞ、お構いなく。…ところで、侍女や侍従の姿がありませんが…?」
「ここは使用人の数が少なくて…、いつもは王宮から派遣された使用人が通いで来て下さるんですけど、基本的に五人の使用人しかいないのです。」
「は?たったの五人ですか?殿下は直系の王族なのに?」
ジェレミアは信じられない、といった表情で聞き返した。リスティーナは苦笑しながら、頷いた。
「王宮の使用人達も噂を恐れて、ここで働くのを嫌がってしまって…、」
リスティーナの言葉にジェレミアは事情を察したようで黙り込んだ。
リスティーナはお湯と茶葉の準備をする。その姿を見たジェレミアが驚いたように話しかけてきた。
「リスティーナ様がお茶を淹れられるのですか?」
「はい。リリアナ達は今、ルーファス殿下の対応に追われているので…。」
「だからといって、リスティーナ様が使用人のようにお茶を淹れるなんて…、」
「いいのです。私が好きでやっていることなので。王宮の使用人達のように上手くはないんですけど…、お茶を淹れる位なら私でもできますから、どうぞ座ってお待ちください。」
リスティーナが微笑みながら、そう言うと、ジェレミアは戸惑いながらも頷き、長椅子に座り直した。
リスティーナは何種類もある茶葉の箱を前にして、何のお茶にしようか迷った。
ジェレミア様にはどんなお茶がいいかな?
チラッとジェレミアを窺うと、彼女はフウ、と溜息を吐いて、目頭を押さえていた。
それは一瞬の事ですぐに平然とした表情に戻っていた。
リスティーナは顎に手を置いて、数秒考え込む。よし、決めた。リスティーナは二つの茶葉を選んだ。
「皇女殿下。お待たせしました。」
そう言って、リスティーナは自分が淹れたお茶をジェレミアに差し出した。
カップに注がれた鮮やかな深紅色のお茶にジェレミアはジッと視線を注いだ。
「これは…?」
「ハイビスカスのハーブティーです。目の疲れと疲労回復を和らげる効果があります。」
「え…?」
ジェレミアはリスティーナの言葉に反応して、顔を上げた。
「先程、一瞬だけ皇女殿下は疲れたように目を擦っていらしたように見えたので…。もしかして、目の疲れに悩まされているのではないかなと思いまして…。」
「……。」
ジェレミアはリスティーナの答えに目を瞠った。
「あ…、もしかして、違いましたか?で、でも、これは美肌や美白にも効果があるので…!」
リスティーナは急に不安になり、焦ったようにそう説明した。
「あ、いえ…。リスティーナ様の言う通り、最近、私は目の疲れに悩まされていたんです。まさか、初めてお会いしたあなたがそれに気づくとは思わなくて…、だから、少し驚いてしまっただけです。」
その言葉にリスティーナはホッとした。良かった。間違っていなかったみたい。
ジェレミアはカップを手に取り、口をつけた。
「甘くていい香りですね。味も甘みと酸味があって、丁度いい。すごく飲みやすいです。」
「お口に合ったのなら、良かったです。」
口元を緩めるジェレミアの表情は先程よりも柔らかく感じる。きっと、本心からそう言ってくれているのだろう。
良かった…。気に入ってもらえたみたい。リスティーナは内心、ホッとした。
「以前、ハイビスカスのお茶を飲んだことがありますがあの時のお茶はこれよりも酸味が強くて、飲めたものではなかったのですが…。同じお茶でもこんなに違うんですね。」
「あ…、多分、それはローズヒップのお茶とブレンドしたからだと思います。
きっと、皇女殿下が以前飲まれたお茶はハイビスカス単体のお茶だったのではないでしょうか?
ハイビスカスのお茶は見た目は綺麗なんですけど、酸味が強いので人によって好き嫌いが分かれるんです。私もハイビスカスのお茶だけだと少し苦手で…。
でも、ハイビスカスはローズヒップと相性がいいのでこうやってブレンドすると、酸味が抑えられて丁度いい味になるんです。あ…、もし、良かったら、好みで砂糖と蜂蜜を入れてみて下さい。甘さが増して、これはこれで美味しいんです。」
「へえ…。リスティーナ様はお茶に詳しいんですね。」
ジェレミアは感心したように呟いた。
「昔から、お茶を淹れるのが好きなんです。あまり褒められたことではないのですが…。」
リスティーナは小さい頃から、庭でハーブを育て、そのハーブを摘んでお茶を淹れるのが好きだった。
母やスザンヌ達にお茶を淹れてあげると、美味しいと言ってくれたのが嬉しかった。
「そんな事ないです。素敵な趣味だと私は思いますよ。」
「あ、ありがとうございます。」
ジェレミアの言葉にリスティーナは少し照れながらも、お礼を言った。
メイネシアにいた頃はリスティーナがハーブを育てて、お茶を淹れるという趣味をレノア王女とその侍女達には散々、馬鹿にされたものだ。
でも…、この人は私の趣味を認めて下さった。同じ王女でも全然違うのね。
リスティーナはジェレミアを見て、心の底からそう思った。
この人と比べたら、レノア王女が霞んで見えてしまう。
それも当然かもしれない。だって、ジェレミア皇女殿下は帝国の皇族。レノア王女はメイネシアの小国の王女。同じ王女でも格が違う。
そういえば、私に話って何なのだろう?
リスティーナはジェレミアの話が何であるか気になり、チラッとジェレミアを見つめる。
ジェレミアはカップを置くと、リスティーナに視線を戻した。
「リスティーナ様。突然、話があると言われ、驚かれたことでしょう。…話というのはその…、一年前の夜会の話です。兄上がその…、あなたを手籠めにしようとした時の事を…、覚えていますか?」
「!」
リスティーナはヒュッと息を吞んだ。
ジェレミア皇女殿下は…、知っているの?私が…、ハリト皇子に襲われかけたこと…。
「今更な話ですが…、あの時は兄がリスティーナ様を傷つけてしまい、申し訳ありませんでした!」
「い、いえ!皇女殿下は何も悪くありません。あの…、それより、どうして、それを…?」
深々と頭を下げるジェレミアにリスティーナは頭を上げるように言い、どうしてそれを知っているのか訊ねた。ハリト皇子に襲われたことは誰にも知られていない筈だ。
確かにリスティーナは一年前の夜会でハリト皇子に襲われかけた。
でも、その時の事件は表沙汰にはならなかった。
エルザが魔法でハリト皇子の記憶を操作したからだ。
それなのに、どうして、それを彼女が知っているのか…。
ま、まさか…。何かの拍子で魔法が解けたとか…?
「も、もしかして…、ハリト皇子が何か…、」
「いえ。兄は何も覚えていません。ただ、あの夜…、兄上の様子がおかしかったので…。
それに、兄には微かに魔法が使われた形跡があった。何かあったのだとすぐに分かりました。それで調べたんです。何より…、兄に使われたあの魔力と同じ色を持っている人間が一人だけいた。それがあなたの侍女でした。」
「!」
リスティーナは顔色を青褪めた。
嘘…!皇女殿下はあれがエルザの仕業だと気づいていたの!?
顔色を変えるリスティーナにジェレミアは慌てて言った。
「誤解しないでください。私は決して、あの件の事を責めているつもりはないんです。このことは誰にも言っていません。恐らく、兄に本当のことを言えば、あなたに危害を加えるかもしれない。だから、私はあえて、兄には真実を伏せておきました。幸い、このことは誰も知りません。だから、安心してください。この先も誰にも、私は言うつもりはありませんから。」
「皇女殿下…。ありがとうございます…!」
リスティーナは内心、ホッとした。良かった…!やっぱり、この方は話が分かる人だ。
それにしても、律儀な方…。一年前の事を覚えていて、こうしてわざわざ謝ってくれるなんて…。
「礼を言われるようなことはしていません。むしろ、リスティーナ様にはご迷惑ばかりをお掛けしました。本来なら、公式の場で兄があなたに謝罪する機会を設けるべきなのでしょうが…。
この件が表沙汰になればあなたの評判に傷がついてしまいますし、未遂とはいえ、傷物になったあなたは兄上の側室として召し上げられてしまう可能性がある。自分を無理矢理襲おうとした男の妻になるだなんて、苦痛以外の何物でもないでしょう。何より…、あのテルトル山よりもプライドの高い兄が謝るなんて殊勝な行為をする訳がないですし。」
ジェレミアは溜息を吐きながら、そう言った。その目の奥には微かに嫌悪の色があった。
もしかしたら、皇女殿下はハリト皇子を兄としては慕っていないかもしれない。
…正直、あのハリト皇子を慕っていたらそれはそれで問題だと思うけど。
ちなみに、テルトル山とは大陸一、高い山の名だ。それ程、ハリト皇子のプライドが高いという事だ。
「皇女殿下、私の為にそこまでお気遣い頂き、ありがとうございます。」
リスティーナは微笑んでジェレミアに礼を言った。
この方が黙秘してくれたおかげで私は最悪の結果を免れた。ハリト皇子に襲われたことが知られれば、私はルーファス様でなく、ハリト皇子に嫁がされていた事だろう。想像するだけでゾッとする。
リスティーナは心の底からジェレミアに感謝した。
別館に着くと、既にルーファスがいないことに気付いて、心配していたのだろう。
すぐにリリアナが涙目になって出迎えてくれた。
が、ルーファスの容態の悪さに気が付くと、サッと顔を青褪めた。
「た、大変です!ロジャー様!殿下が!」
すぐにリリアナはロジャーを呼んだ。
ルーファスはすぐに部屋に運ばれ、ベッドに寝かせられた。
ロジャーは医者を手配したりと慌ただしく動いている。
ルカとロイドの姿が見えないなと思ったら、どうやら、ルーファスがいなくなった後、ルカやロイドは王宮まで捜しに行ったとのことなので丁度、入れ違いになってしまったようだった。
リスティーナはルーファスの看病をするために部屋に入った。
成り行きでジェレミアも部屋に入ってきた。
リスティーナはルーファスが呼吸しやすくなるように仮面を剥がした。
素顔が露になって、ジェレミアはギョッと目を剥いた。
顔に刻まれた黒い紋様は不気味で薄気味悪く見える。初めて、目にした人間は驚くかもしれない。
リスティーナからすれば見慣れたものだったので気にした様子もなく、心配そうにルーファスを見つめる。
必死にルーファスに呼びかけ、枕元で看病をする。汗をハンカチで拭っていく。
凄い汗…。このままだと脱水症になってしまう。唇も乾いているし、喉が渇いているのかも…。
リスティーナは吸い飲みを使ってルーファスに水を飲ませようとする。
だけど、もう飲む力がないのかルーファスの口から水が零れてしまう。
は、恥ずかしいけど…、仕方ない。これは、あくまでも看病だから…!
リスティーナは羞恥心を抱きながらも、心の中で自分に言い聞かせ、クピッと自分の口の中に水を含ませた。そのまま口移しで彼に水を飲ませる。
ゴクッと嚥下する音が聞こえる。リスティーナはホッとした。何度か口移しでルーファスに水を飲ませていく。
ルーファスが私の手を握っているだけで安心すると言っていたのを思い出し、リスティーナはギュッと彼の手を握り締める。どうか…!ルーファス様が良くなりますように…!
リスティーナは心の中でそう祈った。
「……。」
ジェレミアはそんなリスティーナをじっと見つめたまま、その場から動けなかった。
医者が到着した頃には、ルーファスの顔色も良くなり、呼吸も安定していた。
一度、診察の為にリスティーナとジェレミアは部屋を退出した。
「あの…、すみません。皇女殿下。ここまで付き合わせてしまって…。殿下をここまで送っていただき、ありがとうございました。」
リスティーナはジェレミアにペコリ、と頭を下げ、
「もう後は大丈夫ですから、広間に戻っていただいても…、」
「…いえ。あの…、実は個人的に私からあなたに話があるのです。良ければ…、お時間を頂けないでしょうか?」
「私に、ですか?」
リスティーナはきょとん、としながら目を瞬いた。
話って何だろう?断る理由もないのでリスティーナは快く頷いた。
「分かりました。では…、場所を変えましょうか。」
廊下で立ち話する訳にもいかず、リスティーナはすぐに客間に案内した。
「こちらへどうぞ。」
ジェレミアを客間に通し、長椅子に座るように勧めた。
「今、お茶を淹れますので少々、お待ちください。」
「あ、いえ。どうぞ、お構いなく。…ところで、侍女や侍従の姿がありませんが…?」
「ここは使用人の数が少なくて…、いつもは王宮から派遣された使用人が通いで来て下さるんですけど、基本的に五人の使用人しかいないのです。」
「は?たったの五人ですか?殿下は直系の王族なのに?」
ジェレミアは信じられない、といった表情で聞き返した。リスティーナは苦笑しながら、頷いた。
「王宮の使用人達も噂を恐れて、ここで働くのを嫌がってしまって…、」
リスティーナの言葉にジェレミアは事情を察したようで黙り込んだ。
リスティーナはお湯と茶葉の準備をする。その姿を見たジェレミアが驚いたように話しかけてきた。
「リスティーナ様がお茶を淹れられるのですか?」
「はい。リリアナ達は今、ルーファス殿下の対応に追われているので…。」
「だからといって、リスティーナ様が使用人のようにお茶を淹れるなんて…、」
「いいのです。私が好きでやっていることなので。王宮の使用人達のように上手くはないんですけど…、お茶を淹れる位なら私でもできますから、どうぞ座ってお待ちください。」
リスティーナが微笑みながら、そう言うと、ジェレミアは戸惑いながらも頷き、長椅子に座り直した。
リスティーナは何種類もある茶葉の箱を前にして、何のお茶にしようか迷った。
ジェレミア様にはどんなお茶がいいかな?
チラッとジェレミアを窺うと、彼女はフウ、と溜息を吐いて、目頭を押さえていた。
それは一瞬の事ですぐに平然とした表情に戻っていた。
リスティーナは顎に手を置いて、数秒考え込む。よし、決めた。リスティーナは二つの茶葉を選んだ。
「皇女殿下。お待たせしました。」
そう言って、リスティーナは自分が淹れたお茶をジェレミアに差し出した。
カップに注がれた鮮やかな深紅色のお茶にジェレミアはジッと視線を注いだ。
「これは…?」
「ハイビスカスのハーブティーです。目の疲れと疲労回復を和らげる効果があります。」
「え…?」
ジェレミアはリスティーナの言葉に反応して、顔を上げた。
「先程、一瞬だけ皇女殿下は疲れたように目を擦っていらしたように見えたので…。もしかして、目の疲れに悩まされているのではないかなと思いまして…。」
「……。」
ジェレミアはリスティーナの答えに目を瞠った。
「あ…、もしかして、違いましたか?で、でも、これは美肌や美白にも効果があるので…!」
リスティーナは急に不安になり、焦ったようにそう説明した。
「あ、いえ…。リスティーナ様の言う通り、最近、私は目の疲れに悩まされていたんです。まさか、初めてお会いしたあなたがそれに気づくとは思わなくて…、だから、少し驚いてしまっただけです。」
その言葉にリスティーナはホッとした。良かった。間違っていなかったみたい。
ジェレミアはカップを手に取り、口をつけた。
「甘くていい香りですね。味も甘みと酸味があって、丁度いい。すごく飲みやすいです。」
「お口に合ったのなら、良かったです。」
口元を緩めるジェレミアの表情は先程よりも柔らかく感じる。きっと、本心からそう言ってくれているのだろう。
良かった…。気に入ってもらえたみたい。リスティーナは内心、ホッとした。
「以前、ハイビスカスのお茶を飲んだことがありますがあの時のお茶はこれよりも酸味が強くて、飲めたものではなかったのですが…。同じお茶でもこんなに違うんですね。」
「あ…、多分、それはローズヒップのお茶とブレンドしたからだと思います。
きっと、皇女殿下が以前飲まれたお茶はハイビスカス単体のお茶だったのではないでしょうか?
ハイビスカスのお茶は見た目は綺麗なんですけど、酸味が強いので人によって好き嫌いが分かれるんです。私もハイビスカスのお茶だけだと少し苦手で…。
でも、ハイビスカスはローズヒップと相性がいいのでこうやってブレンドすると、酸味が抑えられて丁度いい味になるんです。あ…、もし、良かったら、好みで砂糖と蜂蜜を入れてみて下さい。甘さが増して、これはこれで美味しいんです。」
「へえ…。リスティーナ様はお茶に詳しいんですね。」
ジェレミアは感心したように呟いた。
「昔から、お茶を淹れるのが好きなんです。あまり褒められたことではないのですが…。」
リスティーナは小さい頃から、庭でハーブを育て、そのハーブを摘んでお茶を淹れるのが好きだった。
母やスザンヌ達にお茶を淹れてあげると、美味しいと言ってくれたのが嬉しかった。
「そんな事ないです。素敵な趣味だと私は思いますよ。」
「あ、ありがとうございます。」
ジェレミアの言葉にリスティーナは少し照れながらも、お礼を言った。
メイネシアにいた頃はリスティーナがハーブを育てて、お茶を淹れるという趣味をレノア王女とその侍女達には散々、馬鹿にされたものだ。
でも…、この人は私の趣味を認めて下さった。同じ王女でも全然違うのね。
リスティーナはジェレミアを見て、心の底からそう思った。
この人と比べたら、レノア王女が霞んで見えてしまう。
それも当然かもしれない。だって、ジェレミア皇女殿下は帝国の皇族。レノア王女はメイネシアの小国の王女。同じ王女でも格が違う。
そういえば、私に話って何なのだろう?
リスティーナはジェレミアの話が何であるか気になり、チラッとジェレミアを見つめる。
ジェレミアはカップを置くと、リスティーナに視線を戻した。
「リスティーナ様。突然、話があると言われ、驚かれたことでしょう。…話というのはその…、一年前の夜会の話です。兄上がその…、あなたを手籠めにしようとした時の事を…、覚えていますか?」
「!」
リスティーナはヒュッと息を吞んだ。
ジェレミア皇女殿下は…、知っているの?私が…、ハリト皇子に襲われかけたこと…。
「今更な話ですが…、あの時は兄がリスティーナ様を傷つけてしまい、申し訳ありませんでした!」
「い、いえ!皇女殿下は何も悪くありません。あの…、それより、どうして、それを…?」
深々と頭を下げるジェレミアにリスティーナは頭を上げるように言い、どうしてそれを知っているのか訊ねた。ハリト皇子に襲われたことは誰にも知られていない筈だ。
確かにリスティーナは一年前の夜会でハリト皇子に襲われかけた。
でも、その時の事件は表沙汰にはならなかった。
エルザが魔法でハリト皇子の記憶を操作したからだ。
それなのに、どうして、それを彼女が知っているのか…。
ま、まさか…。何かの拍子で魔法が解けたとか…?
「も、もしかして…、ハリト皇子が何か…、」
「いえ。兄は何も覚えていません。ただ、あの夜…、兄上の様子がおかしかったので…。
それに、兄には微かに魔法が使われた形跡があった。何かあったのだとすぐに分かりました。それで調べたんです。何より…、兄に使われたあの魔力と同じ色を持っている人間が一人だけいた。それがあなたの侍女でした。」
「!」
リスティーナは顔色を青褪めた。
嘘…!皇女殿下はあれがエルザの仕業だと気づいていたの!?
顔色を変えるリスティーナにジェレミアは慌てて言った。
「誤解しないでください。私は決して、あの件の事を責めているつもりはないんです。このことは誰にも言っていません。恐らく、兄に本当のことを言えば、あなたに危害を加えるかもしれない。だから、私はあえて、兄には真実を伏せておきました。幸い、このことは誰も知りません。だから、安心してください。この先も誰にも、私は言うつもりはありませんから。」
「皇女殿下…。ありがとうございます…!」
リスティーナは内心、ホッとした。良かった…!やっぱり、この方は話が分かる人だ。
それにしても、律儀な方…。一年前の事を覚えていて、こうしてわざわざ謝ってくれるなんて…。
「礼を言われるようなことはしていません。むしろ、リスティーナ様にはご迷惑ばかりをお掛けしました。本来なら、公式の場で兄があなたに謝罪する機会を設けるべきなのでしょうが…。
この件が表沙汰になればあなたの評判に傷がついてしまいますし、未遂とはいえ、傷物になったあなたは兄上の側室として召し上げられてしまう可能性がある。自分を無理矢理襲おうとした男の妻になるだなんて、苦痛以外の何物でもないでしょう。何より…、あのテルトル山よりもプライドの高い兄が謝るなんて殊勝な行為をする訳がないですし。」
ジェレミアは溜息を吐きながら、そう言った。その目の奥には微かに嫌悪の色があった。
もしかしたら、皇女殿下はハリト皇子を兄としては慕っていないかもしれない。
…正直、あのハリト皇子を慕っていたらそれはそれで問題だと思うけど。
ちなみに、テルトル山とは大陸一、高い山の名だ。それ程、ハリト皇子のプライドが高いという事だ。
「皇女殿下、私の為にそこまでお気遣い頂き、ありがとうございます。」
リスティーナは微笑んでジェレミアに礼を言った。
この方が黙秘してくれたおかげで私は最悪の結果を免れた。ハリト皇子に襲われたことが知られれば、私はルーファス様でなく、ハリト皇子に嫁がされていた事だろう。想像するだけでゾッとする。
リスティーナは心の底からジェレミアに感謝した。
0
お気に入りに追加
282
あなたにおすすめの小説
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
必殺スキル【子守り】だけで公爵夫人に!?〜嫌われ者だった私の華麗なる転身〜
一ノ瀬千景
恋愛
村一番の嫌われ者から公爵夫人へ、華麗なる転身!?
忌み嫌われる黒髪と黒い瞳のせいで、とことん不幸な人生を送っていた村娘のエイミ。
とうとう、残虐公爵とあだ名される極悪非道な公爵のもとへ女中として奉公に出されることに。
彼、ジーク公爵は女をさらい子どもを産ませ、飽きると女はなぶり殺しにするのだという。
到着した公爵の城には、噂通り6人もの子どもがいた。
子守りスキルの高さをかわれ、まさかの公爵からのプロポーズ!?
強面公爵との、ほのぼの甘々新婚ライフです。
※なろうにも掲載しています。
気が付いたら乙女ゲームのヒロインとして監禁エンドを迎えていますが、推しキャラなので問題ないですね
秋月朔夕
恋愛
気が付いたら乙女ゲームのヒロインとして監禁エンドを迎えていた。
けれどその相手が前世で推していたユリウスであったことから、リーシャは心から歓喜する。その様子を目の当たりにした彼は何やら誤解しているようで……
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
異世界で狼に捕まりました。〜シングルマザーになったけど、子供たちが可愛いので幸せです〜
雪成
恋愛
そういえば、昔から男運が悪かった。
モラハラ彼氏から精神的に痛めつけられて、ちょっとだけ現実逃避したかっただけなんだ。現実逃避……のはずなのに、気付けばそこは獣人ありのファンタジーな異世界。
よくわからないけどモラハラ男からの解放万歳!むしろ戻るもんかと新たな世界で生き直すことを決めた私は、美形の狼獣人と恋に落ちた。
ーーなのに、信じていた相手の男が消えた‼︎ 身元も仕事も全部嘘⁉︎ しかもちょっと待って、私、彼の子を妊娠したかもしれない……。
まさか異世界転移した先で、また男で痛い目を見るとは思わなかった。
※不快に思う描写があるかもしれませんので、閲覧は自己責任でお願いします。
※『小説家になろう』にも掲載しています。
ワガママ令嬢に転生かと思ったら王妃選定が始まり私は咬ませ犬だった
天冨七緒
恋愛
交通事故にあって目覚めると見知らぬ人間ばかり。
私が誰でここがどこなのか、部屋に山積みされていた新聞で情報を得れば、私は数日後に始まる王子妃選定に立候補している一人だと知る。
辞退を考えるも次期王妃となるこの選定は、必ず行われなければならず人数が揃わない限り辞退は許されない。
そして候補の一人は王子の恋人。
新聞の見出しも『誰もが認める王子の恋人とワガママで有名な女が王妃の座を巡る』とある。
私は結局辞退出来ないまま、王宮へ移り王妃選定に参加する…そう、参加するだけ…
心変わりなんてしない。
王子とその恋人の幸せを祈りながら私は王宮を去ると決めている…
読んでくださりありがとうございます。
感想を頂き続編…らしき話を執筆してみました。本編とは違い、ミステリー…重たい話になっております。
完結まで書き上げており、見直ししてから公開予定です。一日4・5話投稿します。夕方の時間は未定です。
よろしくお願いいたします。
それと、もしよろしければ感想や意見を頂ければと思っております。
書きたいものを全部書いてしまった為に同じ話を繰り返しているや、ダラダラと長いと感じる部分、後半は謎解きのようにしたのですが、ヒントをどれだけ書くべきか書きすぎ等も意見を頂ければと思います。
宜しくお願いします。
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる