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第三章 立志編
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「お兄様。ここにいたのね。」
「アーリヤか。」
アーリヤは兄が一人になった所に声を掛けた。ラシードはアーリヤを見て、愉し気に笑みを浮かべた。
「さっきのことだけど、あれは一体、どういう風の吹き回し?」
アーリヤの言葉にラシードは明確に答えずにフッと笑った。
「あの女はどうだった?」
「すごい落ち込んでいたわよ。勇者様に非礼を働いてしまったってそれはそれは思い悩んでいたわ。
でも、不敬罪で罰せられるんじゃないかって涙目になっていたあの子は最高に可愛かったわ。」
「それは俺も見て見たかったな。」
「お兄様も悪い人ね。リスティーナも可哀想に…。まんまと騙されてしまって…。」
アーリヤはクスッとおかしそうに笑った。
あの時、リスティーナが転びそうになったのは事故じゃない。あれは仕組まれたものだった。
リスティーナがラシードの元を去ろうとした時、ラシードはアーリヤに目で合図した。
ラシードとアーリヤは血を分けた兄妹。目を見れば、その意を汲み取る位、訳もない。
アーリヤはこっそりと魔力を使い、リスティーナに眩暈を起こさせ、そのまま足元のバランスが崩れるように平衡感覚を狂わせる魔法をかけた。
勇者のラシード程ではないがアーリヤも王女なだけあってそこそこ魔力はある。
本命は剣だが魔法だって使えないわけじゃない。誰にもバレないようにこっそりと魔法を発動する位の腕前はあった。
そんな裏事情を知らずにリスティーナは自分のせいだと思い込み、必死にラシードに謝っていた。
「ちょっと予想外の展開になったからな。よくやったぞ。アーリヤ。お蔭で上手くいった。」
「どういう意味かしら?ちゃんと私にも分かるように説明して頂戴。」
「あの女に俺を意識させるためだ。実際、効果はあっただろう?これで、あの女は俺に罪悪感と後ろめたい思いを抱いている。交渉をするには絶好の機会だ。」
「その為にわざわざあんな手の込んだ真似を?」
「それだけじゃないさ。…アーリヤ。あの女は俺が探していた例の女だ。」
「ッ!何ですって?」
アーリヤは目を見開いた。
「確かなの?」
「ああ。間違いない。確かに北の森で見た時は小汚い格好をしていたが顔を見ればすぐに分かる。」
「有り得ないわ!リスティーナが後宮を抜け出して、北の森に行くだなんて…!あの大人しい子がそんな無謀な事をするとは思えない。そこまでの度胸も行動力もない筈よ。」
「そうか?だが、お前も言っていたじゃないか。普段は大人しいが、時々芯の強さを感じる時があると。ああいう大人しい女に限って意外と肝が据わっていたりするんだよ。」
「それはそうだけど…、でも、何でわざわざ北の森なんかに…?」
「黄金の花が目当てなんだろうな。確か、ルーファスが危篤状態だったんだろう?その後、ルーファスの命が助かった所を見ると、黄金の花で一命を取り留めたって所か。」
「あの男の為にそこまでしたの!?…いいえ。有り得るわね。あの子、ルーファスの為に呪術について調べていたし、聖女様に直談判する位だし…。」
「へえ。見るからにか弱そうで誰かに守られていないと生きていけなさそうな顔をしてるくせに意外と度胸があるじゃないか。…悪くないな。」
目を細めるラシードの反応を見て、アーリヤはすぐに気づいた。兄がリスティーナを気に入っているという事に。
「お兄様も気に入ったの?でも、あの子は私が先に目をつけたのよ。」
「おいおい。狙った獲物をとるのに順番なんて関係ないだろう?」
「可愛い妹の獲物を横取りするなんて、お兄様って随分と意地汚いのね。…酷いわ。私がこの王宮でたった一人で味方もいない状況で耐えてきたというのに…。それなのに、こんな仕打ちをするなんて…!」
アーリヤは顔を手で覆って、シクシクとわざとらしく声を出している。勿論、嘘泣きだ。
そして、そんな妹の嘘泣きに気付かない程、ラシードは馬鹿じゃない。
「あー、はいはい。分かった。分かった。約束は約束だ。望み通り、お前があの女を手に入れられるよう協力してやるよ。それで?上手く誘き出せそうか?」
「…駄目だったわ。あの子、他の女と違ってあまりお兄様に興味がないみたいよ。二人の時間を邪魔するわけにはいかないからって断られちゃったわ。それに、あの子は今、聖女様に会う事に夢中でそれどころじゃないみたい。」
「へえ。それはそれは…。」
面白い…。ラシードはクツリ、と喉を鳴らして笑った。
「どうするの?さっきの失態を匂わせれば、あの子も断らないと思うけど。」
「そんな事をしなくても、もっといい手がある。既に俺はあの女の弱味を握っているんだ。俺の誘いを断る真似はできないさ。」
そう言って、ラシードは企んだ笑みを浮かべた。
目を閉じて、規則的な呼吸をして、静かな寝息を立てているルーファスの寝顔を見ながら、リスティーナはホッと安心した。良かった。ちゃんと寝ている。
リスティーナはふと、ルーファスの手に視線を落とした。細い手首…。前よりも細くなっている。
頬だって、窶れて…。
最近、食欲が戻ってようやくスープを飲めるようになったけど、まだまだ栄養が足りていないんだ。
ルーファス様が起きたら、何か食べられる物を用意しておこうかしら?
リスティーナは一瞬、使用人を呼ぼうかと思ったが、すぐに思いとどまった。
ルーファス様はさっき、誰も呼ぶなと言っていた。きっと、あまり、人に知られたくないんだ。
リスティーナはチラッとルーファスを見下ろす。
少しだけなら…、いいよね?
リスティーナは乱れた髪を直し、誰かに会っても見苦しくない程度に身なりを整えた。
「ルーファス様。ごめんなさい。すぐに戻ってきますから。」
リスティーナは小声でそう言って、そっとルーファスの手から手を離し、部屋から退出した。
何にしようかな。やっぱり、林檎か果物でも持って行って…、そうだ。ゼリーやプリンなら食べられるかも…。
幸い、今は祝賀会で立食式のパーティーが開かれている。恐らく、皆、お喋りやダンスに夢中になっている筈。ああいった食事や菓子は手を付けられていないことが多い。ということは、たくさん料理が残っている筈。ルーファス様の分に少しだけ貰っていこう。
そんな風に考えながら、廊下を歩いていると、
「あら、リスティーナ。ここにいたのね。」
「アーリヤ様?」
リスティーナが廊下を歩いていると、背後から声を掛けられた。振り返れば、そこにはアーリヤが立っていた。
「良かった。探していたのよ。」
「私を?」
「ええ。お兄様から伝言を頼まれているの。」
「え…、」
リスティーナはドキッとした。もしかして、北の森の件のことかな?
いや。ひょっとしたら、さっき殿下の前で転びそうになったことかもしれない。心当たりがありすぎる。
「あなたに大事な話があるから、これから部屋に来てくれですって。」
「!」
へ、部屋に…?あの人の所へ…?
い、行きたくない…。
あの鋭い猛禽類みたいな目を持つラシード殿下に会うのは怖い。
それに、相手は炎の勇者様だ。また何か失態を犯したらどうしよう…!
でも…、リスティーナはギュッと手を握りしめた。
これは…、もしかしたら、チャンスなのかもしれない。ここでラシード殿下と上手く交渉すれば、ローザ様の協力を得ることができるかもしれない。
リスティーナは唇を強く引き結び、覚悟を決めた。
「い、行きます。私…。ラシード殿下の元に連れてって下さい。」
リスティーナの言葉にアーリヤは驚いたように目を瞠ったがやがて、ニコッと笑い、
「じゃあ、着いて来て。案内するわ。」
「はい。」
緊張と不安と恐怖でドキドキしながら、リスティーナは頷き、アーリヤの後に続いた。
ごめんなさい。ルーファス様…。もう少しだけ待っててください。
そう心の中で謝りながら、足を踏み出した。
「アーリヤか。」
アーリヤは兄が一人になった所に声を掛けた。ラシードはアーリヤを見て、愉し気に笑みを浮かべた。
「さっきのことだけど、あれは一体、どういう風の吹き回し?」
アーリヤの言葉にラシードは明確に答えずにフッと笑った。
「あの女はどうだった?」
「すごい落ち込んでいたわよ。勇者様に非礼を働いてしまったってそれはそれは思い悩んでいたわ。
でも、不敬罪で罰せられるんじゃないかって涙目になっていたあの子は最高に可愛かったわ。」
「それは俺も見て見たかったな。」
「お兄様も悪い人ね。リスティーナも可哀想に…。まんまと騙されてしまって…。」
アーリヤはクスッとおかしそうに笑った。
あの時、リスティーナが転びそうになったのは事故じゃない。あれは仕組まれたものだった。
リスティーナがラシードの元を去ろうとした時、ラシードはアーリヤに目で合図した。
ラシードとアーリヤは血を分けた兄妹。目を見れば、その意を汲み取る位、訳もない。
アーリヤはこっそりと魔力を使い、リスティーナに眩暈を起こさせ、そのまま足元のバランスが崩れるように平衡感覚を狂わせる魔法をかけた。
勇者のラシード程ではないがアーリヤも王女なだけあってそこそこ魔力はある。
本命は剣だが魔法だって使えないわけじゃない。誰にもバレないようにこっそりと魔法を発動する位の腕前はあった。
そんな裏事情を知らずにリスティーナは自分のせいだと思い込み、必死にラシードに謝っていた。
「ちょっと予想外の展開になったからな。よくやったぞ。アーリヤ。お蔭で上手くいった。」
「どういう意味かしら?ちゃんと私にも分かるように説明して頂戴。」
「あの女に俺を意識させるためだ。実際、効果はあっただろう?これで、あの女は俺に罪悪感と後ろめたい思いを抱いている。交渉をするには絶好の機会だ。」
「その為にわざわざあんな手の込んだ真似を?」
「それだけじゃないさ。…アーリヤ。あの女は俺が探していた例の女だ。」
「ッ!何ですって?」
アーリヤは目を見開いた。
「確かなの?」
「ああ。間違いない。確かに北の森で見た時は小汚い格好をしていたが顔を見ればすぐに分かる。」
「有り得ないわ!リスティーナが後宮を抜け出して、北の森に行くだなんて…!あの大人しい子がそんな無謀な事をするとは思えない。そこまでの度胸も行動力もない筈よ。」
「そうか?だが、お前も言っていたじゃないか。普段は大人しいが、時々芯の強さを感じる時があると。ああいう大人しい女に限って意外と肝が据わっていたりするんだよ。」
「それはそうだけど…、でも、何でわざわざ北の森なんかに…?」
「黄金の花が目当てなんだろうな。確か、ルーファスが危篤状態だったんだろう?その後、ルーファスの命が助かった所を見ると、黄金の花で一命を取り留めたって所か。」
「あの男の為にそこまでしたの!?…いいえ。有り得るわね。あの子、ルーファスの為に呪術について調べていたし、聖女様に直談判する位だし…。」
「へえ。見るからにか弱そうで誰かに守られていないと生きていけなさそうな顔をしてるくせに意外と度胸があるじゃないか。…悪くないな。」
目を細めるラシードの反応を見て、アーリヤはすぐに気づいた。兄がリスティーナを気に入っているという事に。
「お兄様も気に入ったの?でも、あの子は私が先に目をつけたのよ。」
「おいおい。狙った獲物をとるのに順番なんて関係ないだろう?」
「可愛い妹の獲物を横取りするなんて、お兄様って随分と意地汚いのね。…酷いわ。私がこの王宮でたった一人で味方もいない状況で耐えてきたというのに…。それなのに、こんな仕打ちをするなんて…!」
アーリヤは顔を手で覆って、シクシクとわざとらしく声を出している。勿論、嘘泣きだ。
そして、そんな妹の嘘泣きに気付かない程、ラシードは馬鹿じゃない。
「あー、はいはい。分かった。分かった。約束は約束だ。望み通り、お前があの女を手に入れられるよう協力してやるよ。それで?上手く誘き出せそうか?」
「…駄目だったわ。あの子、他の女と違ってあまりお兄様に興味がないみたいよ。二人の時間を邪魔するわけにはいかないからって断られちゃったわ。それに、あの子は今、聖女様に会う事に夢中でそれどころじゃないみたい。」
「へえ。それはそれは…。」
面白い…。ラシードはクツリ、と喉を鳴らして笑った。
「どうするの?さっきの失態を匂わせれば、あの子も断らないと思うけど。」
「そんな事をしなくても、もっといい手がある。既に俺はあの女の弱味を握っているんだ。俺の誘いを断る真似はできないさ。」
そう言って、ラシードは企んだ笑みを浮かべた。
目を閉じて、規則的な呼吸をして、静かな寝息を立てているルーファスの寝顔を見ながら、リスティーナはホッと安心した。良かった。ちゃんと寝ている。
リスティーナはふと、ルーファスの手に視線を落とした。細い手首…。前よりも細くなっている。
頬だって、窶れて…。
最近、食欲が戻ってようやくスープを飲めるようになったけど、まだまだ栄養が足りていないんだ。
ルーファス様が起きたら、何か食べられる物を用意しておこうかしら?
リスティーナは一瞬、使用人を呼ぼうかと思ったが、すぐに思いとどまった。
ルーファス様はさっき、誰も呼ぶなと言っていた。きっと、あまり、人に知られたくないんだ。
リスティーナはチラッとルーファスを見下ろす。
少しだけなら…、いいよね?
リスティーナは乱れた髪を直し、誰かに会っても見苦しくない程度に身なりを整えた。
「ルーファス様。ごめんなさい。すぐに戻ってきますから。」
リスティーナは小声でそう言って、そっとルーファスの手から手を離し、部屋から退出した。
何にしようかな。やっぱり、林檎か果物でも持って行って…、そうだ。ゼリーやプリンなら食べられるかも…。
幸い、今は祝賀会で立食式のパーティーが開かれている。恐らく、皆、お喋りやダンスに夢中になっている筈。ああいった食事や菓子は手を付けられていないことが多い。ということは、たくさん料理が残っている筈。ルーファス様の分に少しだけ貰っていこう。
そんな風に考えながら、廊下を歩いていると、
「あら、リスティーナ。ここにいたのね。」
「アーリヤ様?」
リスティーナが廊下を歩いていると、背後から声を掛けられた。振り返れば、そこにはアーリヤが立っていた。
「良かった。探していたのよ。」
「私を?」
「ええ。お兄様から伝言を頼まれているの。」
「え…、」
リスティーナはドキッとした。もしかして、北の森の件のことかな?
いや。ひょっとしたら、さっき殿下の前で転びそうになったことかもしれない。心当たりがありすぎる。
「あなたに大事な話があるから、これから部屋に来てくれですって。」
「!」
へ、部屋に…?あの人の所へ…?
い、行きたくない…。
あの鋭い猛禽類みたいな目を持つラシード殿下に会うのは怖い。
それに、相手は炎の勇者様だ。また何か失態を犯したらどうしよう…!
でも…、リスティーナはギュッと手を握りしめた。
これは…、もしかしたら、チャンスなのかもしれない。ここでラシード殿下と上手く交渉すれば、ローザ様の協力を得ることができるかもしれない。
リスティーナは唇を強く引き結び、覚悟を決めた。
「い、行きます。私…。ラシード殿下の元に連れてって下さい。」
リスティーナの言葉にアーリヤは驚いたように目を瞠ったがやがて、ニコッと笑い、
「じゃあ、着いて来て。案内するわ。」
「はい。」
緊張と不安と恐怖でドキドキしながら、リスティーナは頷き、アーリヤの後に続いた。
ごめんなさい。ルーファス様…。もう少しだけ待っててください。
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